第197話 巫女と見習(2)
二人は風呂に案内されると、土と汗まみれの衣服を取り上げられ、
この屋敷には
湯に入ると傷口が
秋人が肌のヌルリとした感触を確かめていた。湯に入った瞬間から、ヌルっと手が肌を滑っていった。アルカリ温泉独特の皮膚の角質を溶かす作用だ。
(痛みが引いていく。傷口が膜で覆われている。ここのお湯は
隣の隼斗を秋人が横目で見た。小柄ながら締まった身体には、砲弾か弾丸を受けた跡が刻まれていた。歴戦の勇者という言葉を秋人は思い描いていた。
「おっ、これはすごいな。傷が癒えていくぞ」
隼斗の明るく高い声が岩々に響いた。昼間の殺気立った感じから一変した雰囲気に、秋人は思わず二度見してしまった。
「お前、
隼斗は湯に浸かり、岩にもたれながら空を見上げた。立ち上る湯気の上に星が輝いているのが見えた。
「女って。そのような呼び方は好きじゃありません。実菜穂は、僕にとってはかけがえのない存在です」
「ふ~ん。何だか意味深だな。好きじゃないのか」
隼斗が横目で秋人を見ると、秋人は黙ったまま真っすぐ内風呂の方を見ていた。
「まあ、無理に聞くつもりはない。それより、お前が言っていた村の
「そのことですか。僕は違うと思います。あの女の人はここの宮司です。わざわざ村まで出向き、他の神を
「じゃあ、誰だよ。『実菜穂が村に入ったあとに封印した』と言ってたじゃないか。それって、閉じ込めるためにわざとやったってことだろう。何のためにだ」
隼斗が腕組をして秋人を見た。秋人は口に手を当て考え込んでいた。
「僕もそれをずっと考えていました。確証があるわけではないですが、やるとすれば、巫女かそれなりに力が使える人。目的は……まだ分かりません。実菜穂たちに村を出られては困ることがある……実菜穂たちの力が必要とか」
「力がって!? あっ、そうだ。俺、それを聞きたかったんだ。そもそも、お前が言っている巫女って何だ。神社に勤める女の子とは違うのか」
隼斗が立ち上がり秋人の前に来た。秋人が顔を上げると目の前には、隼斗の割れた腹筋が見えた。
「正直、僕にも分かりません。ここで言う巫女は、神様と言葉を交わし、人に神様の意志を伝える人」
「なんだ、それ。
隼斗が納得いかない顔で湯に浸かると、湯場に女の子の声が響いた。
「巫女は、真に神の力を使うことができる人。その神の代わりとなる人だ」
秋人と隼斗は声の方に視線を向けた。視線の先には、一糸まとわぬ姿の
「漣さん、いきなり入ってこないでください」
秋人はザバッと背を向けると、鼻の下まで湯に沈めた。隼斗は慌てふためく秋人を鼻で笑っていた。
「お前、女の
「そういう問題じゃないです」
頭上から聞こえる隼斗の声に、秋人は湯をブクブクさせていた。取り乱している秋人に対し、隼斗はまるで幼い兄妹が家族風呂にでも入っているように漣を当たり前のように受け入れて、ゆったりと湯に浸かった。
「なあ、漣。悪いが、あっちの内風呂に行くか、
隼斗が親指で秋人を示すと、漣は仕方ないなと軽くため息をついた。
「お前たちも裸なのだから、同じだろ。面倒だなあ」
漣がクルリと身を
「もう大丈夫だ。おっ、おい」
湯に顔が沈みかけている秋人を、隼斗が引き上げた。漣が湯に身を沈めているので、秋人も何とか落ち着きを取り戻した。
「それにしても、どうして漣さんがここに」
「ああ、志希名が
秋人の腕を漣が湯から持ち上げた。アチコチにできていた切り傷は跡形もなく無くなっていた。驚くことに、湯に入る前にはハッキリと見えていた隼斗の古傷が薄くなっていた。
「こりゃ、驚いたな。これが神様の力ってわけか。それなら聞きたいね。さっき、漣が言っていた巫女について教えてくれないか。ここは、いったいどういう場所なんだ」
自分の身体の傷が消えかかっているのを興味深く見ながら、隼斗が聞いた。
薄地の生地から肌の色を浮かべ湯に浸かっている漣が、静かに頷いた。
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