第197話 巫女と見習(2)

 秋人あきと隼斗はやとが、自然の岩に囲まれた温泉に浸かっていた。


 二人は風呂に案内されると、土と汗まみれの衣服を取り上げられ、手拭てぬぐいを渡された。


 この屋敷には内風呂うちぶろ外風呂そとぶろの二つ浴室がつながっている。内風呂は木の浴槽よくそうで大きさは秋人の家のものとそう変わらない。秋人と隼斗二人が入ればギュウギュウとなった。内の湯場ゆばから、外に抜けると大きな露天風呂がある。こちらは屋根もなく、岩と木々で囲まれていた。吹き抜けなので雨の日は濡れながら入ることになる。そのため、内風呂があるのだろうと秋人は想像した。


 内風呂うちぶろは男二人では狭いということに納得し、露天風呂へと場所を移した。


 湯に入ると傷口がみて痛みが走ったが、それも一瞬だった。傷口を見ると、赤く血が染みている皮膚ひふの上を白い膜が覆っていた。湯は少々熱めであるが、露天ゆえそれほど気にはならない。


 秋人が肌のヌルリとした感触を確かめていた。湯に入った瞬間から、ヌルっと手が肌を滑っていった。アルカリ温泉独特の皮膚の角質を溶かす作用だ。


(痛みが引いていく。傷口が膜で覆われている。ここのお湯は硫酸塩泉りゅうさんえんせんかな)


 隣の隼斗を秋人が横目で見た。小柄ながら締まった身体には、砲弾か弾丸を受けた跡が刻まれていた。歴戦の勇者という言葉を秋人は思い描いていた。


「おっ、これはすごいな。傷が癒えていくぞ」


 隼斗の明るく高い声が岩々に響いた。昼間の殺気立った感じから一変した雰囲気に、秋人は思わず二度見してしまった。


「お前、実菜穂みなほって子を追ってあの場に行ったのか? 大事な女か」


 隼斗は湯に浸かり、岩にもたれながら空を見上げた。立ち上る湯気の上に星が輝いているのが見えた。


「女って。そのような呼び方は好きじゃありません。実菜穂は、僕にとってはかけがえのない存在です」

「ふ~ん。何だか意味深だな。好きじゃないのか」

 

 隼斗が横目で秋人を見ると、秋人は黙ったまま真っすぐ内風呂の方を見ていた。


「まあ、無理に聞くつもりはない。それより、お前が言っていた村の封印ふういんだが、志希名しきなという婆さんがやったのか?」

「そのことですか。僕は違うと思います。あの女の人はここの宮司です。わざわざ村まで出向き、他の神をおとしめることはしないでしょう」

「じゃあ、誰だよ。『実菜穂が村に入ったあとに封印した』と言ってたじゃないか。それって、閉じ込めるためにわざとやったってことだろう。何のためにだ」


 隼斗が腕組をして秋人を見た。秋人は口に手を当て考え込んでいた。


「僕もそれをずっと考えていました。確証があるわけではないですが、やるとすれば、巫女かそれなりに力が使える人。目的は……まだ分かりません。実菜穂たちに村を出られては困ることがある……実菜穂たちの力が必要とか」

「力がって!? あっ、そうだ。俺、それを聞きたかったんだ。そもそも、お前が言っている巫女って何だ。神社に勤める女の子とは違うのか」


 隼斗が立ち上がり秋人の前に来た。秋人が顔を上げると目の前には、隼斗の割れた腹筋が見えた。


「正直、僕にも分かりません。ここで言う巫女は、神様と言葉を交わし、人に神様の意志を伝える人」

「なんだ、それ。霊媒師れいばいしかよ」


 隼斗が納得いかない顔で湯に浸かると、湯場に女の子の声が響いた。


「巫女は、真に神の力を使うことができる人。その神の代わりとなる人だ」


 秋人と隼斗は声の方に視線を向けた。視線の先には、一糸まとわぬ姿のれんが立っていた。無駄な肉がついていない身体は、さながらスポーツ少女という言葉がピッタリだった。見かけの年頃にあう胸の膨らみは、人の女の子そのものであった。


「漣さん、いきなり入ってこないでください」


 秋人はザバッと背を向けると、鼻の下まで湯に沈めた。隼斗は慌てふためく秋人を鼻で笑っていた。


「お前、女の身体からだを見慣れていないのか。何だかんだ言ってもガキだな」

「そういう問題じゃないです」


 頭上から聞こえる隼斗の声に、秋人は湯をブクブクさせていた。取り乱している秋人に対し、隼斗はまるで幼い兄妹が家族風呂にでも入っているように漣を当たり前のように受け入れて、ゆったりと湯に浸かった。


「なあ、漣。悪いが、あっちの内風呂に行くか、湯浴あゆでも着てくれないか。このままだと、こいつが動けずに溺れるから」


 隼斗が親指で秋人を示すと、漣は仕方ないなと軽くため息をついた。


「お前たちも裸なのだから、同じだろ。面倒だなあ」


 漣がクルリと身をひるがえすと、薄手の白の浴衣姿になり湯の中に浸かった。


「もう大丈夫だ。おっ、おい」


 湯に顔が沈みかけている秋人を、隼斗が引き上げた。漣が湯に身を沈めているので、秋人も何とか落ち着きを取り戻した。


「それにしても、どうして漣さんがここに」

「ああ、志希名がけがれをはらえと言うから来たけど、驚いたね。こんな湯場があるとはね。この湯は鉄鎖てっさの神の加護を受けている。お前たちの傷も治っているだろ」


 秋人の腕を漣が湯から持ち上げた。アチコチにできていた切り傷は跡形もなく無くなっていた。驚くことに、湯に入る前にはハッキリと見えていた隼斗の古傷が薄くなっていた。


「こりゃ、驚いたな。これが神様の力ってわけか。それなら聞きたいね。さっき、漣が言っていた巫女について教えてくれないか。ここは、いったいどういう場所なんだ」


 自分の身体の傷が消えかかっているのを興味深く見ながら、隼斗が聞いた。

 

 薄地の生地から肌の色を浮かべ湯に浸かっている漣が、静かに頷いた。

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