第180話 巫女と鬼(6)

 街中の路地を白地のセーラー服を着た少女が歩いている。半袖セーラーの胸には赤いスカーフが巻かれており、夕暮れの街に映えていた。


 人の多い路地から一本奥の道に入っていく。


 建物一つ隔てただけで、不思議と人が全く通らない道がある。少女はその道を歩いていくと、建物の壁にたどり着いた。行き止まりである。


琴美ことみ、ここだ」


 死神しがみが建物の壁を示している。琴美も示された壁をジッと見ていた。


「死神、ここが鬼門きもんの出口」

「そう。琴美にも分かるでしょ」


 琴美がコクリと頷いて、死神を見ている。


 死神が表情を変えることなく壁を見ている。積極的に話すことはなく、表情に乏しい死神であるが、その顔は、みなも、シーナにも引けを取らないほど整っている。務めから、笑うことが殆どない。シーナから「おすまし」と呼ばれているのは、そのためである。そのような死神であるが、巫女について何かと教えてもらえることは、琴美には幼い頃の姉のような存在であり、自分を認めてもらえる心の拠り所でもあった。


「死神、この壁から鬼門に入れば、ナナガシラに出ることができるの?」


 今度は死神がコクリと頷いた。


 壁にスゥーッと琴美が手を伸ばし、軽く撫でていく。


「ここ!」


 壁の一か所を探り当てると、意識を集中してグッと手の平を押し付けた。琴美の手が壁の中にめり込んでいくと、そこから黄色い光が漏れてきた。光とともに穴は広がっていき、最後は琴美の背丈ほどの大きさになっていた。


「よくできた」


 死神の表情が微かに緩んでいた。琴美も死神に同調してホッと表情を緩めた。実のところ、琴美の学習能力は高く、教わったことを着実に実践することにかけては、実菜穂みなほ陽向ひなたかすみよりも優れていた。琴美が育った環境がその力を養ったというところだろうか。


 死神が穴の中に入ると琴美があとに続いた。琴美が通り過ぎると、穴は塞がれ壁にもどった。


「これが鬼門のなか。初めて入りました」

 

 琴美が黄色に染まる空間を見渡していた。


「琴美は巫女になって日が浅い。見るのは初めてだ。だが、この鬼門は人の世界にはいたるところにある。人には見えていないから、気づかないだけ」

「はい」


 死神の言葉はいつも発音に高低感が無く平坦な感じであるが、琴美にはかえって素直に受け入れることができた。というのも、その平坦な言葉の中に死神の感情や考えを感じ取ることができたからだ。それは、神と人の不思議なつながりからきているのかもしれない。


「死神、霞ちゃんは無事でしょうか。本当は一緒に行けたら良かったのですが」

「山の地の巫女を探さねばならなかった。琴美は十分やってくれた。心配はない。みな無事だ。霞はフワフワの巫女だ。簡単には倒れない。それに、みなもがいるから」

「はい。死神、鬼門からナナガシラに入る必要があるのでしょうか。鎖なら断ち切ればいいかと」


 死神の言葉に素直に頷くと、琴美は黄色の空間を歩きながら聞いた。


正門せいもんは鎖の神の力で入ることができない。確かに琴美の力で断ち切ればいいが、それでは人も魔も出入りが可能になる。関係のない人が迷い込んだり、逃げ出した魔物が人に危害を加える。いまは、塞いでおく方がいい。この鬼門も通りぬければ、封じる」

「はい」


 歩みを進める琴美の足が止まった。


「死神、います。鬼です」


 琴美が見る先には、褐色かっしょく身体からだを持つ鬼が立っていた。引き締まった筋肉の塊のような身体は、硬く頑丈に見えた。鬼は琴美を見ると驚いて身構えた。


「驚いているな。無理もない。まさか出口から襲われるとは思わないだろう」


 死神の瞳が紫色に輝いた。


「琴美、見えるか。あの鬼は、土の神の御霊みたま欠片かけらを持っている。御霊を扱えるのは、アサナミの神、ユウナミの神、そして死神のみ。神の世界の禁忌きんきを破った者。遠慮はいらない」

「はい」


 琴美は返事をすると、笑みを消し、大きな瞳を鬼に向けていた。

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