第181話 巫女と鬼(7)
鬼神が琴美の姿を見ると、一気に表情を変えた。
「巫女か。しかも死神の巫女とは。ここをどうやって嗅ぎつけた」
鬼が睨んでいる。琴美は怯むことなく、笑みのない表情で鬼に近づいていった。
「その言葉。私が来た理由は分かっているということですね」
ゆっくりと大鎌を持った琴美が歩みを進めていく。ゆっくりであるが、一歩進むたびに鬼の表情は硬くなっていった。いまの琴美は死神の巫女である。死神が現れたということ。それは己の御霊に関わることがあるということ。鬼であれ、人であれ、そして神でさえもその定めからは逃れることはできない。死神の力を持つ者が大鎌を持ち目の前に現れるということは、死と隣り合わせになったということである。それが神の世界の
「そうか。巫女が来たということは、アワ蜘蛛が手を回したか。巫女も所詮は人。ここで死ぬがいい」
鬼の眼が
「
鬼の声とともに地面から砂が舞い上がり、辺り一面を覆っていく。黄色の空間は、たちまち視界がゼロの状態になった。それだけではない。砂には痺れの術がかけられており、吸い込むと身体の自由が利かなくなる。
死神は姿を隠し、沈黙して琴美の行動を見ていた。
(私は琴美が巫女になってすぐに、務めをいくつか任せた。その中には、人、魔物の御霊を刈ることもあった。琴美は、その
琴美はその場に止まり、しゃがみ込み姿勢を低く保つと、後ろ髪を束ねている大きなリボンに手をかけた。紫色の
鬼が地鳴りを響かせた。地面の一部が
二頭の蝶は高く上がると辺りを飛び回り、やがて両側を囲むように飛んでいくと、一定の距離の所で静止した。
死神はその蝶の行き先を見ていた。
(これで琴美はこの空間の全ての情報を手にした。鬼神はもう丸裸だ)
琴美が放った二頭の蝶は、左右から飛ぶことでこの空間の地形から距離、鬼の行動全ての情報を手に入れ、琴美に伝えた。蝶はいま、神のドローンと化していた。
「
琴美が念じると五歩ほど先の位置にフラフープのような円が描かれ、一瞬にして消えた。
琴美は目を閉じたまま、ジッと待っている。
鬼は相変わらず次々と地面を突き上げて攻撃している。鬼もあらかた攻撃したことで、琴美の位置を絞っていた。
「ふーん。だいたい分かったぞ。いつまでも隠れていられると思うな。地面からの攻撃は、お前を炙り出すためのものだ」
鬼はそう言うと今度は地面を大きく二つに裂いていった。どちらかに逃げねば、割れ目深くに落ちてしまう。
「これが土の神の力だ。さあ、どっちに逃げた」
鬼はそう言うと割れ目の右側の地を走っていった。
「臭う。分かるぞ。血の臭いだ。巫女は怪我をして動けずに
引き締まった体の鬼は、琴美の位置を突き止め、凄まじいスピードで走っていった。琴美は、眼を閉じたままジッと息を
死神の眼が琴美の背を見つめている。小さな背中の少女の姿だ。向かってくる鬼神に、琴美はただ小さくなり身を潜めていた。
(琴美には全てが見えている。鬼の考え、鬼の動き、鬼門の地形。全てを把握している。その琴美が、待っているのだ。鬼自ら
「ここにいたかあ!」
鬼は琴美がいる場所を狙って、渾身の一撃を放った。地響きとともに地面は深くめり込んだ。
「なっ!」
鬼は一言を発したのち、動き封じられ、息すら止められた。琴美は立ち上がると、大鎌を
「あなたが足を踏み入れた場所は、
鬼は表情すら変えられずに、琴美を見ていた。その眼には、恐怖という色が濃く映されていた。
(この巫女は、始めから俺をここに導いていたのか。始めから、御霊を刈るつもりでこうなることを……これが人か)
琴美の眼が濃く紫色に光る。
「神の御霊をわが身に封じるは、許されざる行い。神を
ゴシックのアリス風ドレスの琴美が、大鎌を振り上げながら身体を一回転させると、そのまま目にもとまらぬ速さで振り下ろし、鬼の胸の部分を切りさいた。
鬼は抗うこともできず、御霊を抜き取られた。
鬼の御霊と土の神の御霊の
死神は琴美から御霊を受け取ると、鬼門を封じた。
「ナナガシラに行こう。霞も待っている」
「はい」
琴美は返事をすると、笑みのない表情から瞳を緩め、優しい少女の顔になった。
死神の横について一緒に歩くと、鬼門をあとにした。
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