第177話 巫女と鬼(3)

 無数に伸びてくる髪を陽向ひなたは、一振りのもと切り捨てた。バサリと切られた髪が地に落ちた。


 鬼は構えるすきを与えることなく、再び陽向にむちを放とうとしている。

 

紅一閃くれないいっせん


 構えを取ることなく、陽向は紅雷こうらいを真横に振りぬき、光のやいばを鬼へと放った。


 グチャ


 泥濘ぬかるみにはまるような音が聞こえたのと同時に、鬼の体がくの字に曲がった。


 陽向が丸い瞳を細くして鬼を見ていた。


(手ごたえは確かにあった。けど、鬼の気が消えていないのはなぜ?)

 

 鬼がゆっくりと体を起こしていく。


「くくくっ、これほどの力をもつ巫女は、初めてかもしれない。横にいる神の巫女か。ならば、こちらも対抗できる力は持っている」


 鬼がもとの姿勢になると、陽向を睨みつけた。


「陽向、その者は、神の御霊みたまを持っている」

「神の御霊!それは、神の力を持っているということですか」

「そうだ。あの鬼が持っているのは土の神の御霊。間違いない」


 火の神が叫ぶと、鬼は笑い声をあげた。


「巫女を持つ神か。いかにもわれが持つは土の神の御霊。土と田は相性がよい。お前の技は私には効かぬ」


 鬼が両手を振り上げ、眼を光らせた。


「陽向、足元だ」


 火の神の声と同時に、切り裂いて地に落ちていた稲の束が根付き勢いよく、陽向の身体に絡みついていった。陽向は、紅雷を握りしめたままギリギリと絞めつけられた。脚、腕、胸と稲が絞めつけていき、陽向の息は途切れていった。稲をなんとか振り切ろうと力を入れるが、稲の穂は色づき、成長して絞めつける力はさらに強くなっていった。


「くっ・・・・・・」


 陽向が苦痛に満ちた顔で鬼を見ている。


「ははは、苦しかろう。その稲は生きている。お前の力を養分とし、さらに成長する。お前は苦しみながらおとろえていくのだ。そこの神も、己の巫女が朽ちるのを見ているがいい」


 陽向が苦しむ姿に鬼は笑いが止まらなくなっていた。


「陽向、いま助ける」


 火の神が手をかざし、稲を切ろうとしたが、陽向はゆっくりと首を振って拒んだ。


氏神うじがみ、手出しは無用です。ここで力を使えば、裏鬼門うらきもんの神に気づかれてしまいます。私は、火と光の神の巫女です」

「笑わせてくれる。鬼神となった私にかなうものか」


 鬼が手をかざし、陽向に向けむちを放った。


 ヒッと音をたて陽向の顔に迫った鞭は、深紅の炎に包まれると、地に落ちて灰となった。


「土の神の御霊を持つ鬼。だけど、所詮しょせんまがものの力です。神の御霊をもてあそび、蹂躙じゅうりんした愚かな行為。何者が仕向けたかは知りませんが、氏神の怒りを思い知るがいい」


 陽向の瞳が紅色の輝きを放つと、絞めつけていた稲は炎に包まれ灰すら残らずに消えていった。


「なんだと」


 鬼が驚きの声を上げると、すぐさま陽向は一歩右足を前出し、鬼を睨みつけた。


華炎陣かえんじん


 陽向の右足から火柱が上がり、鬼を目掛けて導火線が燃え上がるように炎が走っていった。

 鬼はかわすこともでず、炎に包まれた。身体が自由になった陽向が紅雷を構えた。


「その炎は、地獄の炎のような生ぬるいものではありません。神の身体をも焼き尽くす火と光の神の炎です」

「あががががっがー」


 炎に包まれた鬼は苦しみ藻掻もがいている。泥となり刃の攻撃が効かなかった身体は、水気みずけが抜けていき、みるみる土のかたまりへと変わっていった。


「紅一閃」


 陽向が再び紅雷を横に素早く一振りした。紅い閃光が鬼の身体を胴から真っ二つに切り裂いた。鬼はそのまま炎に焼かれ、身体は真白な灰に変わった。


 陽向が灰の中から、土の神の御霊を拾い上げた。


「これは、御霊の欠片かけら


 陽向の手のひらには、黄金に輝く玉の端っこの部分がのっていた。


「間違いない。これは、土の神の御霊の一部だ」

「氏神、この鬼門の鬼が御霊の一部を持っているということは」

「陽向の考えているとおりだ。ほかの地の鬼門の鬼も土の神の御霊を持っている」

「それでは、実菜穂みなほかすみちゃんも鬼神と戦うことに。氏神、先を急ぎましょう」

「そうだな。だが、その前にこの鬼門を封じる」


 火の神は鬼門の入口に光をかざすと、門が閉ざされ消えていった。


「山の地へ向かおう」


 火の神と陽向は、田の地を後にした。

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