第174話 黒と白(10)
「おい、もしかしてあれって、
漣の顔がキッと引き締まった。いっぽう、
「あいつが暴れたら、大変なことになるぞ」
「あら、
夕帰魅がショーテルを高く掲げると、漣は「イッー!!」とばかりに目を大きくして夕帰魅に抱きついた。
「ちょっ、ちょっ、チョッと待て。夕帰魅、お前何するつもりだ」
「知れたことです。この辺りを氷結させてあの鬼神を仕留めます」
予想どおりの夕帰魅の回答に、漣はいったん落ち着くように促した。
「いや、待て。お前の力でそんなことしたら、近くにいる人もただでは済まないだろう」
「それは、私の知ったことではありません。あれを放っておけば
「いや、そうだけど。だからっといって人を巻き込まなくても」
漣が困った顔で考え込んでいる。それを夕帰魅は横目で見ていた。憎らしいほどの想いを持つ相手である漣が真剣に悩んでる姿を見ていると、なぜか分からないが、やるせない気持ちに襲われた。
「それでしたら漣、あなたが私を押さえたらいいのでは」
「えっ!」
夕帰魅の言葉に漣は意味が分からず、ボソボソと考えている。
夕帰魅が軽いため息をついた。
「
夕帰魅の言葉に漣は「なるほど」とポンと手を打った。
「面白い。やってやるよ」
漣と夕帰魅が互いを見ると頷いた。
漣が頭上高く右手を掲げると、左髪を飾っていたリボンが
「
漣の声とともに空には
「
夕帰魅が両手を掲げると、鶴が羽を伸ばすように両手を重ねた。円筒の風の壁の中に雪が巻き起こる。それが上昇気流に乗り、次々と鬼神にぶつかっていく。始めは小さな粒であったが、風の力により氷に変わっていく。鬼神はたちまち全身が氷漬けとなった。ただの氷ではない。漣と夕帰魅の念が封じ込まれた強力な氷の拘束具と化していた。しかも上昇気流により、鬼神はまな板の上の鯉となっていた。こうなってしまえば、もはや逃げようがない。
「
二人の息の合った声が響いた。夕帰魅が鬼人の下からショーテルをすくい上げると、漣は上から刀を振り下ろした。鬼神はあえなく粉々に砕け散った。
風が治まった。
漣はあたりに被害が無いことを確認すると、胸を撫でおろして息をついた。夕帰魅はといえば、人に興味などなく、当然の結果という目をしながらショーテルを一振りして穢れを祓うと、カーディガンの内に仕舞い込んだ。
夕帰魅の態度は冷たく見えるが、漣は不思議と腹立たしさを覚えることはなかった。むしろ、それでこそ夕帰魅なのだと自分でも訳の分からない納得をしていた。
「夕帰魅、あの子を助けてくれてありがとう」
漣が頭を下げた。夕帰魅は漣の姿を静かな瞳で見つめていた。
「漣、あなたは、そうやって頭を下げて礼を伝えるのですね。人の為に・・・・・・私の為にも」
「えっ」
漣が頭を上げたときには、夕帰魅は背を見せて横顔だけを漣の方に向けていた。
「雪神様は
夕帰魅は微かに
「ここからは私の独り言です。山の神の巫女は、
夕帰魅は背を向けたまま真っすぐに顔を向けると、月の光を浴び鶴の姿になった。
翼を広げ、大きく羽ばたいてゆっくりと飛び立っていく。鶴は人を見守るように街を一周すると、月の明かりに浮かぶ影を作り飛んでいった。
人はその美しいく飛ぶ影をただ見上げていた。
漣もまた同じように夕帰魅の美しい姿を見つめていた。
「次はもう少し話せるかな」
黒い翼を広げると漣もその場を飛び立っていった。
「あっ、あそこにも鳥がいるよ」
男の子が空を見上げていた。男の子の目の前に、ヒラヒラと何かが絡み合うように落ちてきた。男の子が拾い上げるとそれは黒と白の二本の綺麗な羽であった。
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