第151話 メモと記憶(7)

「一つ目の理由。サナが野の神の巫女でありながら、次の巫女は同じく野の神のキナだった。野の神にとっては、サナが予測していない運命を選んだ。言い換えれば、巫女としての使命がまっとうされていない状態。そこで、野の神は、神としての存在全てをかけて新たにキナを巫女とした。【キナの反乱】を起こすときには、既にキナのあとを継ぐ他の地上神の巫女が誕生していたと考えられる。そうでなければ、キナは事を起こす理由がない。だけど、キナの後は里子さとこさんまで巫女が誕生していたようには見えない。川の神、田の神の巫女は誕生する前に天上神により運命を閉ざされた。沼の神の巫女は天上神との戦い以降存在しないのだとすれば、キナの後を継ぐ巫女として考えられるのは、土の神の巫女」


「それで、二つ目の理由は」


 れんが実菜穂に説明を促した。反論が無いところをみると、実菜穂の説明は間違っていないのだろうと陽向と霞は納得をしていた。


「二つ目は、私たちがの神やキナに会ったビル。みなもがそこで地鎮祭じちんさいに使われた呪いのかかったナナガシラの土を見つけた。その時はどうして土があるのか分からなかった。でも、いま思えばあれは目印。呪いのかかった土にナナガシラから逃れた放浪神ほうろうがみや巫女の御霊がつどった。散り散りになっていたナナガシラから逃れた者が集まるための目印の旗になっていた。私たちがビルに入ったとき、放浪神も卯の神もビルから離れようとはしなかった。それには目的があったから。土を目印にしたのは、土の神の巫女が来るのを待っていたからだ。キナが逃がした巫女を待っていたのよ」

「私はここを出たことがないから、そのビルとやらの話は知らないな。それにいくつか話には分からないことがある。キナが逃がしたというのであれば、百年以上も前の話。その時の巫女が生きているとは思えないが。だいいち、呪われた土は誰が持ってきたのだ」


 状況がつかめないという目で漣が実菜穂を見ている。活発で気の強そうな漣が真剣に考え込む姿は知的で、戦う烏天狗からすてんぐの少女とのギャップが大きすぎて可愛らしく見えた。実際、翼を納めて人と同じ格好をすれば、霞となんら変わりない姿になるだろう。その強気な性格さえ抑えれば、学校の男子からも人気があるはずだと霞は思いながら、実菜穂や陽向に気取られないよう漣を眺めていた。


「あーっ、漣ちゃん。誰が土を持ってきたのかは、あとから確認したいことなんだ。いったんその疑問は置いといて、三つ目の理由にいくね」


 「へへっ」と笑っていた実菜穂が真面目な目になる。こうなったときの実菜穂は、神聖な雰囲気をにじませていた。それが周りの者にも自然と伝わり、本当に実菜穂自身が神であるかのように思えるほど、きつけられ、り所に感じるのだ。陽向にとっては、ユウナミの神のもとで堂々と振る舞う姿を目の当たりにしており、そのときの実菜穂はまさに女神であった。霞も初めて会ったときの包み込む優しさといまの実菜穂の雰囲気が、似て異なる色として見ていた。漣もまた二人と同じく実菜穂の一変した雰囲気に引き込まれていた。


「三つ目の理由。私たちが取り戻した土の神の御神体。御神体は三つあった。そのうち二つは、巫女となるはずだった二人を消すために天上神が手を回し、わざわざ人に奪わせた。だけど残りの一つは漣ちゃんが護っていたから、里子さんは消されずにすんだ。これは結果かとして頷ける。だけど、そもそもなぜこの地の天上神は土の神の御神体を手間かけてまで奪わせたのか。人に罪を負わせ、この地に呪いをかけているによ。何もしなくとも時を掛ければ、いずれこの地の人は消える運命。なのになぜ、土の神を責めたのか」

「それは・・・・・・巫女を恐れているから」


 霞の口が自然に動き、ハッキリとした声で答えた。消えるような声でなく、耳元をくすぐるる霞の持つ声のだった。


「なぜそう思った」


 詰め寄る漣を霞は寄り添うように受け止めた。漣にとっては、いままでひたすら孤独になっても護ってきた想いを、霞の一言で開けられたのだ。

 

「それは、学校の先生が残したメモに書いていたよ。この村の地上神は圧倒的な強さを誇った。攻める天上神を押し返すほどの力を持っていた。その力の根源こんげんが巫女だった。だから巫女を討つことで、天上神は戦いに勝った。それがあったから、この地の天上神は、巫女の存在を許さなかったんだよ」

「だが、たとえ土の神の巫女がこの村から逃げ出せたとしても、年老い、命が尽き、もはや存在しない」


 漣が声を震わせた。霞には漣の気持ちが分かっていた。里子を逃がしたのは、漣だ。キナが土の神の巫女を逃がしたように、漣は優の願いを聞き、里子を逃がしたのだ。烏天狗の一族は、里子を逃がすために盾になり犠牲になった。ただ一人になった漣は、土の神の御神体を護り、待っていた。だが、巫女がこの村に戻ることはないかもしれないという絶望が、自分を覆っていたことにいまになって気がついた。


「巫女はいるよ。土の神の巫女はいる。だから、天上神は恐れているのよ」


 実菜穂が写真拾い上げて見つめていた。

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