第152話 メモと記憶(8)
「土の神の巫女が生きているだって?どういうことだ」
「生きている。土の神の巫女も山の神の巫女も。里子さんをこの村から逃がした目的。それは【キナの反乱】と同じだった。ここからは、私が導き出した答。
何かを言おうとして歯を食いしばった
「私、この人の瞳に見覚えがあるんだよ。初めて写真を見せられてからずっと気になっていた」
実菜穂が示した生徒は、尖った髪型の男子生徒。優である。
「私、これと同じ瞳を見たの。あれは、私と
漣は黙ったまま実菜穂を見ている。実菜穂はみなものに顔を向けた。実菜穂の話を聞きながら、みなもが微かに笑みを浮かべている。
(アワ蜘蛛に襲われていたとき、みなもの御霊が入った
「ねえ、みなも教えて。川の神の
「沼は
(これで分かった!)
「優さんは、土の神の僕のアワ蜘蛛に取り込まれたんじゃないですか?土の神の
漣は返事もせず黙っている。見かねた霞が声をかけた。
「実菜穂さん、少し分かりません。仮に実菜穂さんの言うことが、正解だとしてどうして土の神の巫女、山の神の巫女が存在することに繋がるのですか?そもそも、優さんがどうして里子さんと一緒に逃げる必要があったのですか?」
「うん。霞ちゃん、それこそがこの地の天上神が何より恐れていることに繋がるんだよ」
「えっ、それはつまり・・・・・・」
「霞ちゃん、私たちが探している子は誰だっけ」
「えっと、香奈さんの親友の優里さん」
「そう。この名前ピンとこない?」
(ピンとって・・・・・・優里さん。優さんと里子さんになにが・・・・・・)
霞は顔色を変えると、漣の方に目を向けた。
(そうだ。漣ちゃん、外の世界のこと知らないはずなのに『優里』さんの名前は知っていた。それって、里子さんと何か約束をしていたから)
「実菜穂さん、優里さんはもしかして」
「うん、もしかしてじゃないよ。優里さんは優さんと里子さんの孫じゃないかな。そしてその名前を付けたのは里子さん。なぜ、そう付けたのか。それが山の神の巫女としての目印だから。この村を出るとき、すでに里子さんは優さんの子を身ごもっていた。弱りゆく自身の身体、この地の人々の罪を晴らす大義を果たせぬ焦りもあった。キナと同じく
実菜穂の眼は確信にたどり着いた色をしていた。
「それなら子供さんじゃなく、どうしてお孫さんに名前を付けたのですか」
「たぶん子供には巫女の力がなかったのか、あるいは男性だったからじゃないかな。どちらにしても、巫女にはなれない。だけど孫にはその力があった。それで、山の神の巫女とし『優里』と名付けた。そうだよ、これがこの地の天上神が最も恐れた人の命というもの」
「天上神は巫女ではなく人を恐れているのですか?」
霞は実菜穂の言葉がいま一つ理解できず、疑問を口にした。
「そう、みなもが私に教えてくれた。人の命は、神様や物の怪からすれば一瞬で
「実菜穂さん、どうして天上神がアワ蜘蛛にこの村から逃げた巫女を討つように命令したと言えるのですか?」
再び霞が疑問の声をあげた。実菜穂の考えに追いつこうと必死になっている。
「アワ蜘蛛から助けてもらったとき、死神がアワ蜘蛛に聞いたことがある。『お前をここによこしたのは
「紗雪が言っていた『死神が倒したい強大な力の者』は、この地の天上神」
陽向の言葉に実菜穂は深く頷いた。
「おっ、おい。俺は初耳だぞ。実菜穂殿が言っていたアワ蜘蛛と死神の件は知らないぞ」
火の神がみなもの耳元で力強く言うと、暑苦しいとばかりにみなもが顔を離した。
「そのようなこと、知らぬでもよい。そこを
「だけどおまえ、言ってくれてもよかろうが」
「すまぬ。いまは
みなもが澄んだ瞳で火の神を見上げた。その瞳を見る火の神は、みなもを困らせたくはないという気持ちで何も言えなくなっていた。
(本当に火の神は、素直だね。でも、みなもの言うことは本当なんだよね。死神、おすましのくせに、けっこう純真なんだよ)
シーナが横目で火の神を見ていた。
「実菜穂さん、もう一つ肝心なことが分かりません。この村の人は、
「あーっ、それは抜け道とか・・・・・・あったりして」
霞の質問に実菜穂が「こりゃ参ったぞ」という顔をした。
しばらくの沈黙のあと、漣がため息をついた。
(ここまで知れていたとは、驚いた。もう秘密にすることもない。この柱たちは逃げ出さないであろう。全てをこの三柱と巫女に預けよう。神の御神体を持ったこと、私が責めを受ければいいか)
漣が覚悟を決めて口を開けようとしたそのとき、
「抜け道ならあるぞ」
みなもの声にみんなが一斉に注目をした。
漣は喉まで出ていた声を飲み込み、みなもを見た。
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