第150話 メモと記憶(6)

「本当の反撃ということは、何か他に達成させるべき目的があったってこと?」


 実菜穂みなほの神から見せられた光景を思い浮かべた。六柱の龍神に囲まれ、血を流すキナ。大鉤おおかぎと呼ばれる大男に痛めつけられている卯の神。見るだけでも身体が固まり、思わず目を逸らしたくなる光景だった。


(何の目的で龍神にいどんだのだろう。そういえば、キナのあと里子さんまでは正式な巫女はいない。たとえ生まれたとしても天上神が手を回し、巫女が誕生するのを阻止していた)


 ウム~と考え込んでいる実菜穂の姿を、みなも、火の神、シーナが眺めている。その三柱を漣が眺めていた。


(この柱は全て見通している。私にも分からなかったことを、もう知っているのかもしれない)


 れん心音こころねを聞いたのか、みなもの瞳が漣に向けられた。


 沈黙していた時間が動き出した。


おとりになった」


 考え込む実菜穂の横で陽向ひなたが優しくも力強い声で答えた。


「囮?囮になることが、漣ちゃんの言った『本当の反撃の機会を作る』ことに繋がると。ねえ、陽向どうしてそう思ったの?」

 

 実菜穂が陽向の答えに食いついた。声には出さないがかすみも実菜穂と同じ気持ちで陽向に近寄っていく。もっとも、漣に直接聞けばいいのだが、陽向の明るく柔らかい雰囲気が実菜穂や霞を惹きつけていることは間違いなかった。火と光の神の巫女である陽向らしい、リーダー的な魅力が二人にそうさせているのだ。


「うん。私もボンヤリとしたイメージなんだけど、囮になったのは間違いないかな。確か、卯の神自身が大鉤おおかぎを引きつける囮になっていたでしょ。キナは、大鉤が卯の神に気をとられている間に、龍神を討とうとしていた。でも、六柱の龍神を討つのはいくら何でも無茶だと思う。それに、最後は七番目の本体ともいえる龍神がいる。いくらキナが強い巫女でも、神霊同体にでもならなければ勝ち目はない。なのになぜ挑んだのか?」

 

 陽向が地面に描いている村の絵に、五つの地から沼の地に向けて矢印を付け加えた。


「キナが挑んでいる状況は、六体の龍、つまり、地上神をおさえてこの村を治めている龍神が沼の地に集まっている状態。これって、沼の地以外はがら空きになっているってこと。もし、沼の地以外でことを起こしても天上神はすぐには対応できないんじゃないかな」

「あーっ、なるほど!でも陽向、『事』って言うのは・・・・・・何?」


 実菜穂が苦笑いしながら困ったという顔をする。


「誰かを逃がすとか」


 陽向が答える前に霞の声が先を制した。


「私も霞ちゃんと同じ答えだよ」

「えっ、逃がす・・・・・・誰を?」


 実菜穂が地面の文字をジーっと見る。六つの地を見ていく。沼、野、田、川、山、土、何度も目が文字を追いかけていく。


(逃がす。誰を?・・・・・・そういえば、ビルにいたのは龍神やその他の放浪神。どうして御霊を無くしたのか、どこから来たのかは口を閉ざしていた。何か大きな秘密を持っているからか。事をなす為には秘密にする必要があるからだ。逃がしたのは放浪神も含めて、重要な者・・・・・・『里子』・・・・・・里子さんは山の神の巫女・・・・・・・私たちは御神体を・・・・・・どうして土の神・・・・・・)


「あーっ!」


 実菜穂が大きな声を上げた。漣が驚き、翼をバサリとひと振るいして実菜穂に注目した。


「私、分かったかもしれない。キナが囮になって何をしたのか」

「私もいま実菜穂と同じこと思ったよ」

「わたしもです」


 三人が確信をもって声を揃えて答えた。


「キナが囮になったのは、巫女を逃がすため」


 三人の息はピタリと合った。


「巫女だよ、巫女。それもきっと土の神の巫女だよ」


 実菜穂が二人に確認すると、陽向も霞も頷いた。三人は漣を見て答えを待った。


「そうだ。確かに土の巫女をこの村から逃がした。どうして分かった?」


 三人の盛り上がりにされていた漣であったが、真相に近づいていることに冷静を取り戻して表情を固めていた。



「そう考えた理由は三つある」


 

 実菜穂は指を立てて説明を始めた。

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