第143話 呪縛と解放(25)

 強烈な威力を持つ破壊風はかいかぜかすみに向かっていた。距離があるはずの木々や校舎までが震えている。触れるもの全てを切り裂き、吸い込んでいく「破邪はじゃ制裁せいさい」を前に霞は表情を変えず立っている。周りの土や樹木が巻きあがり吸い込まれていく。だが、霞はエプロンとスカートをなびかせ微動だせずに立っていた。


 あらゆる物体、邪気、妖気、全てを巻き込んでいき粉砕していく。最後に霞を飲み込もうと破壊神はかいしんの如く襲い掛かってきたその時、霞が一気に飛び上がり上昇した。


「上に逃げたところで、飲み込まれるだけだ・・・・・・」


 少女は声を途切らせ、霞の行動に息をのんだ。


霞は上空に高く飛び上がると、手刀に緑のオーラをまとわせながら破壊神となった風にあびせていく。信じられない光景であるが、霞を襲った風は真っ二つに裂かれ、左右へと分かれていった。左右に分かれた風は、行く先々の壁や木々、さらに進んで山までも破壊して消えた。


(風を二つに切った。ただの風じゃない。神の力を宿した「破邪の制裁」、大鉤おおかぎを仕留めるための技を・・・・・・馬鹿な。ありえない。こんなこと見たこともない)


 少女は霞の動きに目を奪われていたが、すぐに意識は戦闘の場へと戻った。少女が目にしたのは、霞が右腕を振り上げ指を天に向けている姿だ。


 少女の周りに上昇気流が発生した。「破邪の制裁」でまき散らされた様々な残骸が突き上げられていく。少女もまた空へと巻き上げられようとしていたが、下駄をグッと地面に突き立て耐えた。

 大木たいぼくをもなぎ倒す風にもビクともしないはずであるが、砂上に立てた小枝の如く引き抜かれ、空へと上げられた。羽を広げ何とかバランスをとろうとするが、身体はグルグルと回転しながら上昇していく。


「こっ、これが風の神の巫女の力なのか。あいつは、本物なの・・・・・・だけどまだ」


 少女が羽団扇はねうちわに手をかけたとき、ゾクリとする戦慄せんりつを感じた。

 

 上空に巻き上げられた身体がちゅうに漂った瞬間、少女の肩がつかまれるとクルリと天を仰ぐ方に向きをかえられた。羽団扇にかけた手とあごを押さえられた。少女が目にしたのは、霞が白い翼を折りたたみ、身体を垂直にして地へと急降下する姿。それはまるではやぶさが翼を折りたたみ、獲物えものを狙い急降下する姿であった。緑色に光る瞳が少女を捉えると、少女は抗う術がないことを悟った。


(なんて瞳をしている。透き通って美しく、いとしく、気が満たされていく。なのに何もかもを圧倒し、なぎ倒し、全てを奪い去っていく光を放つ)


 霞の瞳を見つめながら、少女は空から落ちていく。燃え尽きるのではないかと思えるほどの圧を受け、背中から地面へと叩きつけられた。衝撃波が辺り一面の物をなぎ倒していくと、つづいて爆音が空気を震わせた。


(ああっ・・・・・・だめだ。身体が)


 全身がバラバラになったのかと感じる衝撃が走ると同時に、意識が朦朧もうろうとして視界がぼやけていく。運動機能は失われ、痛みと虚無があとから襲ってきた。


(指先すら動かせない。止めをするか。願うことなら、この村を神々をその力で・・・・・・)


 薄れゆく意識の中、霞が止めをするのを静かに待っていた。だが、少女が思い描く情景はいつまでたっても迎えることはなかった。



 ポツ、ポツ・・・・・・


 少女のほほしずくが浮かんでいく。雫が頬から唇へ、そして顎へと伝っていく。


(どうして、頬が濡れているのだろう。少しずつだが痛みが和らいでいく。身体がかすかに動く)


 うっすらと届く光を受けて、目を開けた。ぼやけて見えていた光景が徐々にはっきりと見えるようになった。


 少女が目にした光景。それは、喉元まで数ミリの距離に打ち込まれている拳、そして少女の顔を覗き込む霞の緑色に輝く瞳、さらにその瞳から流れ落ちてくる美しい雫であった。


「お前、泣いているのか・・・・・・・なぜ、止めをしない」


 かすれた声が少女の唇から漏れてきた。霞は拳を震わせながら泣くのを必死にえていたが、少女の意識が戻ったことを知ってせきを切って大声で泣いた。


「だって、だって、烏天狗からすてんぐさんは何も悪くないんだもん。ここに来たのが優里ゆりさんじゃなくて、わたしだから怒っただけで。それにわたしも、御神体ごしんたいを取り戻さないといけないから、闘っただけで。でも闘うと烏天狗さんを痛めつけるし、苦しいし。ヒック、ヒッ」


 泣きじゃくりながら、思いの全てを吐き出していた。


(・・・・・・ははっ、参ったな。霞っていう巫女、強いのか弱いのか分からないや。あの眼はもしかして泣きながら闘っていたのか。その気で打ち込まれたら、この首は飛んでいたな。さすがは、太古神たいこしんの巫女。はなから勝てなかった相手か)


 動かせるようになった右手を胸にあてると、御神体を取り出だした。


 微かに震える手で御神体を霞に渡すと、泣き続ける霞の涙をぬぐった。


(霞・・・・・可愛いのに強い巫女だな)


 フッと息を吐くと少女は笑みを浮かべた。


閉鎖へいさを解くには・・・・・・あと二つ取り戻さなければならないんだろ。大丈夫なのか」


 少女が息を詰まらせながら、霞に聞いた。霞は何度も頷いて見せた。


「それは大丈夫です。残りの二つは、わたしなんかより強くて頼りになる巫女が取り戻しに行ったから。きっともう戻っていると思います」

「霞っ・・・・・・お前より強い巫女っていったい」

「うん。えっと、日御乃光乃神ひみのひかりのかみ、それに水面野菜乃女神みなものなのめかみの巫女です。あっ、水面野菜乃女神は水波野菜乃女神みずはのなのめかみの妹なんですよ。知ってますよね」


(・・・・・・日御乃光乃神、水面野菜乃女神・・・・・・ミナモ、みなも・・・・・・って、ユウナミの神とアサナミの神の直子ちょくしじゃないか!)

 

 ガバッと少女は起き上がった。


「イッたたたた」

「大丈夫ですか」

「大丈夫だ。もう何とか動ける。それより、こんなこと頼めた義理じゃないが、私も一緒にその神に会わせてくれないか」


 少女が霞に頭を下げた。霞はワタワタしながら、ウンウンと頷いた。

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