第142話 呪縛と解放(24)

 神の力を得た烏天狗からすてんぐの少女が、かすみめがけ突っ込んでいく。刀を抜くと切り掛からずに、突き出してきた。霞は身体からだを倒して突きを避けた。少女とやり過ごすような状態だ。少女の眼が光った。


枝崩えだくずし!」


 二人の身体が重なった瞬間、切っ先を下に向けた。二段攻撃だ。突きはフェイクである。かわす為に逃げたところに本命の攻撃を入れる技。左右に逃げれば振り切り、上下に逃げれば突きを繰り出す。一段目の攻撃はフェイクとは言いながら、高速の鋭い突きは、くらえば命はない。受け流すのは困難であり、相手はまず避けることになる。このとき生じた隙を逃さずに確実に仕留めるのだ。


 霞が身体を倒した瞬間、追うように切っ先を向けて突く。こうなれば、左右には逃げられないから突きをくらうしかない。少女が霞を突き刺したと思った瞬間、霞の身体はフッと消えた。


(消えた。どこだ)


 次に少女が霞の気配を感じたのは、背であった。体制が入れ替わり、霞が少女より上になっていた。


「ハーッ!」


 霞はクルリと一回転すると、かかとを少女の背中に叩きつけた。


「グッ」


 強烈な打撃を受け、そのまま胸から地面に激突する寸前に羽をグンと広げ、力技で留まった。一息つく間もなく、迫ってくる闘気を避けるために身体を捻った。少女が避けるのと同時に、霞が上空から足を突き出し落ちてきた。かろうじてけたあとに足が突き刺さると、地響きと土煙つちけむりがこの空間を支配した。


 山がうなりをあげて揺れる。土煙が収まると少女の瞳に霞の姿が映った。前開きエプロンの可愛い女の子が強烈な蹴りを地面に入れて立っているのだ。


(あの追い打ちの速さには、恐れ入った。ほんの僅かでも避けるのが遅れたら、いまごろ息の根を止められていたか。神の力を持っていなければ、かわせなかった)


 霞は少女を見つめ立っている。何一つ揺るぎのない瞳を向け、ジッと見つめていた。


(どこまでも落ち着いた瞳。まるで迷いがない澄み切った色)


 少女がほんの少しだが嬉し気な笑みを浮かべた。刀をさやに仕舞い込み、スッと構えをとる。ゆっくりと息を吸い込み、目を大きく開くと、霞に向かい腕を突き出していった。格闘戦に持ち込んだのだ。霞が横に身をかわすとそれを見越した軌道に飛び上がり、蹴りを見舞った。霞は迫る足を取るとそのまま自分の身体ごと捻った。足をとられた少女は、同じ方向に回転をして衝撃を逃しながら、片方の足で霞の頭を狙う。その蹴りを霞はかわすと、すぐさま自分も蹴りを繰り出した。


 戦いの場は地上から空へと移り、幾千もの突きと蹴りが繰り出されていく。人ではけして反応することができない速さの技が放たれ、致命的な打撃がないまま互いの隙を狙っている。激しく闘う二人の間には風が吹き込んでいった。台風が生まれるような低気圧状態を作るほど凄まじい速さの闘いをしていた。

 

 霞の一撃が少女の脇腹わきばらとらえた。バランスを崩した少女は吹き込んでいた風に飛ばされ、地面に転がり落ちていく。今度は少女が顔に土化粧をしていた。霞が少女のそばスルリと降りていった。


「くそ!」


 目に悔しさを滲ませ、少女が羽団扇はねうちわを手にして念じた。


烏天狗奥義からすてんぐおうぎ破邪はじゃ制裁せいさい


 少女が念じると、羽団扇が畳ほどの大きさになった。


「ぶっ飛べーっ!」


 全身を軸にして羽団扇を振り回した。一振りで、形こそ小型であるが、威力は超大型台風なみの風が生まれた。しかも、その風は触れる全ての物を切り裂くほどの鋭さを持っていた。これに飲み込まれれば、生けるものはおろか、たとえビルでさえ粉々に砕いてしまう神の力を宿した風であった。それを霞めがけて放ったのだ。


(これでおしまいだ。風の神の巫女でも耐えられまい)


 最恐さいきょうの風が霞に襲い掛かっていった。

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