第144話 呪縛と解放(26)

 霞が優しく少女を介抱かいほうする。


「大丈夫ですか?立てますか」


 腕を抱き少女と一緒にゆっくりと立ち上がった。少女も痛みを我慢しながら、霞の肩を借りて立つことができた。


「まだ少しフラフラするけど何とかいける」

「いやいや、無理ですよ。みんなの所には、わたしが連れていきますから、安静にしてください」


 翼を広げて飛びたとうとするのを、霞がなだめて止めた。


 少女がフラ~っとよろけたところを、霞が優しく受け止めた。つい先ほどまで命のやり取りをしていた相手同士、しかもここまで痛めつけたのは霞自身なのであるが、少女も霞の健気けなげな優しさに甘えることは、多少なりとも心地よさを感じるのだった。


「ちょっ、かすみ!」


 霞が少女をお姫様抱っこで優しく丁寧に持ち上げると、少女の視線は自然に霞の横顔へと移った。

 闘っているときに見せていた圧倒するほどの鋭い瞳の光は、いまは可愛らしい色で辺りを見つめている。普段はどこか頼りなく、気弱で不器用な性格なのに、ひとたび戦闘になると鋭さと速さで相手を圧倒して打ちのめす。いままさに自分が体験した霞という巫女の強さに惹かれているということに、少女はまだ気づいてはいなかった。


 霞が視線を感じて顔を向けると、少女はビクッとして、恥ずかしさを隠す為に目をらした。


烏天狗からすてんぐさん、あとで色々と教えて欲しいことがあります。いまは、先を急ぐので一度ここを離れます」


 霞はフワリと上昇すると、少女を抱いたまま土の神の社へと飛んでいった。


 


◇◇◇             ◇◇◇


「来たのう」


 みなもが瞳を開けると、夕日の光を受けながら立ち上がった。


 格子こうしの外には陽向ひなた実菜穂みなほがほぼ同時に駆けつけていた。お互いの姿を見て、目を大きくして驚いている。

 

「霞ちゃんはまだ戻ってないのかな?」


 実菜穂が辺りを見回している。


 シーナはソワソワとみなもの周りをグルグルと回っていた。


「風よ。心配いたすな。霞もすぐここに来る。それより面白い者を連れてきたな」


 みなもは笑みを浮かべているのを、シーナは「フム」と考えながら見ていた。



 霞は軽やかに飛んでいる。土の神の社が見えてきた。社の前で手を振っている者が目に入った。実菜穂と陽向だ。


「ヤッホー。霞ちゃん、お帰り」


 実菜穂が霞を誘導するように手招きをしている。霞はフワリと二人の前に降りていった。


「おや、お客さんいたんだね」


 実菜穂が少女を覗き込むと、まるで抱っこされている赤子のようにジッ実菜穂の顔を見ていた。


(もしかして、こいつが水面野菜乃女神みなものなのめかみの巫女なのか。分かる。水の力だ。それだけじゃない。なんだろう、涼やかで深い。何より癒される気を感じる)



「烏天狗ね。かなり傷ついてる。みなもに手当をしてもらわないと。女の子の天狗さんは珍しいな」



 陽向が続けて声をかけた。少女は陽向の顔を見ている。



(間違いない。日御乃光乃神の巫女。熱く強い意志を持ちながらも、温かい気を放つ。なるほど、霞が強いといったのも分かる。三人の巫女。これほどの力を持つ巫女に会ったのは、久しくなかった)


 霞に抱っこされながら、少女は真剣な眼差しで陽向と実菜穂を見ていた。



「おーい、こら!霞。グズグズしない。蝋燭ろうそくがチビてんぞ」



 拝殿はいでんの格子から、シーナが声をかけた。


「あっ、いけない。烏天狗さん、ちょっとごめんね」

「気にするな」


 霞が申し訳なさそうに少女を地面に下ろすと、急いで御神体ごしんたいをシーナに手渡した。 


 シーナは箱に勾玉まがたまを戻した。三つの勾玉が揃うと、黄色の光が拝殿を包んだ。その光の中、シーナが御神体をもとの場所に納めた。


「これで、いけたかな?」


 シーナが「オロロ」と芯が燃え尽きようとしている蝋燭を上目遣いで見ながら、辺りの気配を探っていた。


「いけたのう」


 みなもが鎖の神の意図を読んで答えた。その一言に火の神、シーナ、それに三人の巫女はフーッ、と大きく息をすると、お互いの顔を見ながら笑った。


「三人ともよくやってくれた。鉄鎖の神については、ひとまずは、動きを止めた。じゃが、これからが本題じゃ」


 みなもが格子を開けて出てきた。烏天狗の少女はみなもの美しい姿を瞳を輝かせて見つめていた。


 みなもが、烏天狗の少女に目を移した。


「烏よ、まだ呪縛に囚われた者がおろう。まずはそれを救わねばならぬ」


 少女はみなもの言葉に全てを見通されていることに気付き、頭を下げて礼を示した。

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