第135話 呪縛と解放(17)

 泡とともに消えた大蟹を見ていた霞が顔をあげた。  


「おっと」

  

 持っていたボールを女の子に手渡した。


「お姉ちゃんありがとう。お姉ちゃん、巫女なの?」

「う~ん。そだよ。でもね、まだ新米しんまいだから人の足を引っ張ってばかりなんだよ」

「巫女さまが村に来たんだ。おじいちゃんが言ってた。巫女がいなくなったから、のろいが村人に広まっていったって。みんな喜ぶよ」

「巫女がいなくなった?どゆこと」

 

 頭が混乱していることを知られまいと笑ってごまかした。


 女の子は「詳しくは知らない」と首を振るだけだった。


「あとね。沼のところには鬼がいるって。だから、沼の子とは遊んだら駄目だって言われてる。だけどみんな遊んでたよ」


(えっ。あっ、そういえば村には対立があるってメモに書いてた。これもそういうこと)


「ねえ・・・・・・」

「お姉ちゃん、ボールありがとう。これでやっと帰れる・・・・・・」


 霞が村のことについて聞こうとしたが、女の子は消えてしまった。消える間際に女の子は鍵を置いていった。


「ああ、行っちゃった。あれ、これはどこの鍵だろう。もしかして、わたしにくれたのかな」


 霞は鍵を拾い上げるとポケットにしまい込んだ。


(さて、次はどこ行けばいいんだろう。プールには情報がなさそうだな)


 プールを出て行くと、霞は学校をグルリと歩いていった。


(う~ん。この鍵、いったいどこのだろう。机やロッカーではなさそうだよ)


 プールを離れ、校舎の東側に周っていく。霞の前に大きな建物が現れた。体育館だ。いまのようなおしゃれな流線型の屋根ではなく、三角屋根の建物だ。広さは霞の学校のものよりかなり狭かった。入口に手をかけるが、ビクともしない。どうやら鍵がかかっているようだ。


「まさかね」


 持っていた鍵を差し込むと、スルリと入っていく。


 ガチャリ


「あいたよ!」


 扉に手をかけた霞の動きが止まった。扉の上と下には封印のように貼られている紙を見つけたのだ。よく見ると朱印が押された御札であった。


(なに?まずいよ)


 神の眼で扉の中を見る。得体の知れないおどろおどろしい色が浮かび上がってきた。


(これって、開けちゃまずいパターンだよ)


 扉から手を離し、そ~っと後ずさりをして離れていく。


 ドンドン!!ガーン!!


 凄まじい音とともに雄叫びが響きわたった。


「イーーーーーーーーーーッ」


 さらに十歩後ろに下がり、バクバクする胸を押さえていた。

 

「やっぱり何かいるよ。どうしたらいい?どうしよう。あっ、いまから陽向ひなたさんを呼んで、イヤイヤ陽向さんもそれどころじゃないよ。実菜穂みなほさんも同じだし・・・・・・あーどうしたら。突入すればいいのかな。いや、まだ何かわたしが知らないことがあるのかも。そうだ。女の子が沼には鬼がいるって。メモには確か図書室って」


 校舎の方にクルリと向きを変えると、一目散に走りだした。その速さはまさに風のごとくであった。


(図書室、図書室と・・・・・・ここだ!)


 二階に駆け上がると図書室のプレート見つけて滑り込んだ。


 図書室の部屋を見た霞は、思わず頭を突き出しプレートを二度見した。それもそのはず、部屋の中は三台の本棚が残っているだけでスッカラカンであった。


「あ~っ、そうだよー。廃村になったんだから、ここも廃校になったんだよ。本も無くなってるよーーーーー」


 自分の鈍さと思惑おもわくが外れたことに頭を抱えた。それでも、何かないかと歩き回っていると、本棚の上の棚にメモを見つけた。


【調査で分かったこと①

 整理すると時間がかかるので、ここまで調査して分かったことをメモで書いておく。

 この村での対立は一つの地区と五つの地区の構図になっている。生徒の話からだと、沼の地区と山、川、田、野、土の地区で対立をしているようだ。その理由は信じられないことであるが、神話の時代にたんはっするというのだ。これについては図書室の資料でも調べられそうである】

 

(なんだあ。一つの地区と五つの地区の対立って。なんだか深刻だよ。①があるのなら、続きがあるはず・・・・・・)


 もう一台の本棚を見ると、同じように一番上の棚にメモがあった。


【調査で分かったこと②

 資料を調べると、対立の原因が分かった。ただ、これがどこまで本当の話なのか分からない。話は神話から始まる。天上神と地上神との争い。有名な「天地神明てんちしんめい」の話だ。この村には六柱「山、川、田、野、沼、土」が崇められていた。人と神の繋がりは強く、人は各々おのおのの神をまつることで豊作、安寧あんねい享受きょうじゅいていた。神々の争いが起こってもその結びつきは強く、地上神と人はともに天上神と争った。この神と人の結びつきは強固な力となり、天上神の精鋭をもってしても落とすことはできなかったという】


 霞が①、②とメモを眺めている。


(うん、この話は、みなもが話していたことだ。確か、この村の地上神は降伏したんだよね。理由は何だったのだろう。みなもが知らないっていうことが不思議なんだけど・・・・・・。このメモの内容からすると、対立の理由が分かったんだよね。そうだよね。沼と山、川、田、野、土が対立しているのだから・・・・・・!?)


 一瞬、髪先までゾワッとして身震いをした。いじめられていたときの緊張と危険を感知するレーダーが働いたのだ。


(えっ、もしかしてわたし、とんでもない秘密を知ろうとしてる)


 霞の目は大きく開き、三台目の本棚を見ていた。

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