第136話 呪縛と解放(18)

 霞はゆっくりと本棚に手を伸ばした。メモに触れた手がピクッと掴むのを躊躇ためらった。見ることが怖かったが、いまは自分以外誰も頼れないという思いが霞を動かした。メモをに目を通す。


【調査で分かったこと③

 本で知ることのできる神話には、この村の六柱の話は見あたらない。ゆえに、正史の書物としては存在しないということだ。だけど確かに、この図書室中に資料は保管されている。私は、生徒が帰ったあと、調べていくことにした。ただ、校長は資料を見ることにいい顔はしなかった。何か知っているのだろうか。


 「天地神明」の神話時代、六柱と人が結びつき、天上神と争った。大海を平定したアサナミ、ユウナミの神。各地で勝利をあげながら進撃するウズメの神。相次ぐ天上神の戦果報告に、この村を攻める天上神は焦っていた。村はいっこうに落ちることなく、むしろ六柱の力は日に日に増していく。その力の根元が何であるかということが分からず、ただ天上神側の被害は大きくなる一方であった。そこで、その力の秘密を知ることの命令を受け、禿鷲はげわしの姿になり村に入った神があった。その神とは大鉤命おおかぎのみこと。大鉤命は沼の地に降りた。そこで見たのは美しい少女の姿をした沼の神。大鉤命は心を奪われ、その姿を沼の神の前にさらした。二柱は、そこで激しい戦闘を繰り広げた。お互いがぶつかるなかで、なぜ地上の六柱が強いのか理由を知ることとなった。それは、巫女である人と神とが結びつくことでとてつもない力が備わるということ。さらに巫女により、神の意志が伝えられ、人は結束するということも知った。大鉤はこのことを命令を与えた天上神に報告した。これがこの村の対立を生むことになる】


 メモはここで終わっていた。


「人と神が結びつくこと。神霊同体しんれいどうたいのことかな。つまり、巫女がいることで神様は強くなっていたということ。うん、それは何となく分かるよ。ああ、ここでおおかぎ様が出たてきたよ。蟹さんが言ってたのは天上神のことだったんだ」


 霞がメモから目上げたとき、廊下を何かが通りすぎていった。


(えっ!)


 慌てて飛び出すと、気配は消えていた。廊下には黒い羽とメモが一枚落ちていた。


(やっぱり、何かいるよ。間違いない。来たときから視線を感じていたのはこれか)


 霞はメモと黒い羽を拾い上げると、辺りを見渡した。


 静かな校舎を沈まぬ夕日が照らしていた。

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