第116話 覚悟と想い(12)

 霞が街をぶらついている。シーナは明日までは帰ってこないし、実菜穂も陽向も別行動をとっているので一人きりである。家でジッとしていてもいいのだが、やはり昨日の出来事は、霞のなかでもかなり堪えるものがあった。気晴らしもあるのだが、外に出て街を歩いているのには理由があった。


 そう琴美である。琴美の可愛くも格好の良い姿。一目で引き込まれてしまった。自分も琴美のような姿で立ち振る舞えたらと意気込んではみたものの、ショーウィンドウーに映った姿に溜息ためいきしかでなかった。


「やっぱり、わたしには無理。見た目が琴美さんのように可愛くないよ。・・・・・・でも、シーナと神霊同体になったときは、あんなに可愛く見えたのに。やっぱり、わたし自身がダメなのかな」


 ショップのなかに入ろうとしたが、足が止まり、回れ右をした。


「こんな所で何やってるんだ?」


 霞の目の前には、スポーツバイクに跨がり、黒色のフルフェイスのヘルメットを被った男がいた。バイザーを上げ、自分を見つめる瞳には覚えがある。。


隼斗はやと・・・・・・さん」


 驚く霞に、隼斗が軽く溜息をつく。


「反応薄いなあ。全然、切れがない顔をして何やってんの?」

「あっ、いやあ。ちょっとね。気晴らしです。でも、もう終わったので」

「フーン、気晴らしね。全然、晴れてねえみたいだけど」

「まあ、それは・・・・・・その。とにかくもう、良いんです。それよりも隼斗さんこそ、昼間に何やっているんですか?」


 茶化された上につい会話に乗せられてしまった自分を恨めしく思った。


「俺が夜にだけ街にいると思ったら大間違いだぜ。昼間もそれなりに仕事はしてるんだ」

「仕事ですか?」


 霞が目を細めて隼斗を見る。フルカウルの大型バイクに跨がる幼い瞳の少年。これが夜になるとこの街を仕切っているチームのリーダーだ。昼間に仕事など、会社員だとは思えない。何かやばい仕事なのだろうと詮索するつもりなど毛頭ないが、つい色を見ていた。どうやら自分の力を使う習慣がついたようだ。


「お前、何か変なこと想像しているだろ。先に言えば、ボディーガードをやってきたんだよ。目的地まで送った帰りだ。どうだ立派な仕事だろう」


 色を見ていた霞は、隼斗の淀みのない緑色に納得をしていた。


(嘘ではないのね。別にどっちでも良いけど)


「ふ~ん。それはお疲れさまです。たぶん、すごく可愛い子を送ったんだね」

「可愛いかどうか分からんが、やばい奴に狙われて移動に困っているから引き受けたんだけどね。しかし、流石だな。よく分かったな。やっぱ、お前はすごく不思議な奴だよ」

「ありがとう」


 霞はクルリと向きを変えると、その場を離れようとした。


「ちょっ、ちょ!ちょっと待てよ」


 隼斗の言葉に霞は足を止めた。


「もし、時間があるのならつき合ってくれないか。少し走りたいんだ。一緒に来てくれないか」

「わたしと?どうして」

 

 霞は首を傾げ、「なにゆえ、自分を誘うのか」という疑問を直球で投げる眼をして隼斗を見た。霞がさした眼の光りに、さすがの隼斗もたじろいだ。初めて霞と会ったとき、抵抗する間もなく下顎したあごを掴まれ、命を手玉に取られたのだから無理もないことだった。ひとたび、機嫌を損ねさせたらどうなるかくらい想像がつく。答えを間違えれば命はない。戦場にいるときよりも緊張している自分がいた。


「正直に言えば、早瀬霞はやせかすみのことを知りたい」

「別に情報なら簡単に入るでしょ」

「言葉の情報など当てにはしていない。俺が知りたいのは、早瀬霞という人間だ」


 命を懸けて言葉を吐いた隼斗の眼は、揺るぎのない光を放っていた。霞も隼斗の心情は理解できていた。


「分かりました。わたしで良いなら、つき合います」

「じゃあ、これ。さっきまで、別の人が被っていたけど」


 「待ってました」とばかりに白色のフルフェイスのヘルメットを差し出すと、霞は素直に被った。


(あれっ、これを被ってた人、本当に可愛い人だ。それにしても、わたしを誘うなんて、からかってるのかな)


 霞はヘルメットに残っていた微かな気を感じながら、隼人の背中についた。


「ねえ、ところで免許持っていますか?」

「あっ、俺、ヘリも操縦できるから」

「・・・・・・えっ!それ、答えになってないーっ!」


 霞が答える前に隼斗はバイクを発進させていた。霞の声が街中に置いて行かれるように響いた。

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