第109話 覚悟と想い(5)

 霞がもがいて手首に繋がれた鎖を勢いよく引く度に霞だけでなく、実菜穂と陽向の口元がひきつった。


「霞ちゃん、そのまま動かないで」


 陽向が声を上げると、紅雷の切っ先が光を上げて霞の両手を繋いだ鎖めがけて振り下ろされていた。


(なに。この巫女、いつの間に抜いたのだ)


 少女は陽向の足下に落ちていたさやを見て全てを理解した。


(そうか。この巫女、鞘を後方に捨て刀身を抜いたか)


 居合術には刀を投げるようにして抜く術がある。抜刀のさいに前方向に力を加えて鞘を押しだし、素早く後方にずらして相手よりも速く構える技である。陽向はこの技を応用して、紅雷を投げ、鞘から抜き取ったのである。


悪足掻わるあがきもそこまでだ」

 

 少女が右手から伸びる鎖を大きく波立たせた。


 シュッ、ビーン!


 鎖の波は空気を切り裂き、勢いよく陽向に襲いかかる。


 霞を繋いでいる鎖を断ち切ろうと、紅雷を構えていた陽向の左腕を鎖が鞭のように打ちつけた。


 ドスッ!

 

 鈍い音とともに陽向の腕に激痛が走る。叫び声を押し殺し、目を細め痛みに耐えて攻撃の姿勢を保っているが、握っていた紅雷は地面に落ちてしまった。


「イタアい!」

「アッ、ツ!」


 叫び声を上げたのは、霞と実菜穂であった。その様子を見ながら少女が不敵に笑った。


「これが連還れんかんの力だ。繋がれたおまえ達の誰かが受けた痛みや傷は、そのまま繋がった者たちへ伝播でんぱする。刀の巫女が受けた痛みと傷をおまえ達も受けたのだ。鉄鎖の一撃を食らえば、いくら巫女とはいえ骨が無事ではすむまい。もっとも巫女でなければ、腕が吹き飛んでいたけどね」


 霞が痛む腕を恐る恐る見た。ジンジン、ズキズキと痛みが増していく腕は赤黒く内出血をしている。少女の言葉どおり、骨は折れていないがヒビは入っているようだ。


(ああ、わたしも痛いけど、これが陽向さんが受けた痛み。実菜穂さんも同じ痛みがある・・・・・・じゃあ、もし)


 霞の頭に最悪の状況が想像されたのと同時に、少女の笑い声が再び響いた。

 

「ハハハ、顔は頼りなさそうだが、おまえ察しがいいみたいだな。そうだよ。受けた痛みや傷が伝播するなら、繋がれた者が命を失えば、同じようになる。私は、誰かを痛めつければいいだけ。それで繋がれた全員が同じ傷を負う。もう、おまえ達の命は尽きた」


 少女が瞳を鋭く光せると、左腕から伸びている鎖を勢いよく宙に上げて自分も大きく飛び上がった。繋がっている実菜穂が真っ先に宙に放り投げられる。その勢いは凄まじく、腕が引き千切られんばかりに引き上げらた。悲鳴とともに霞と陽向も宙に浮く。腕が繋がっているのが不思議なくらいほどの痛みが襲う。少女と三人は鎖で繋がったまま宙に浮いていた。


(あの弓の巫女、水の力を持つか。衝撃を受ける瞬間に水壁を放って緩和した。でなければ、肩が外れていたはずだ。動きを読まれていたか。自分を守ることが、仲間を守ることになる。この巫女、それが分かったか。だが、状況は変わらない。一番の狙い目は真ん中の頼りない奴)


 少女が霞に狙いをつけた。


 両手を握り合わせると、そこに新たに鎖が現れた。


 霞は少女の眼の色から自分が狙われていることを悟った。


(わたしにくる。痛みがわたしだけなら、いいけど。実菜穂さんと陽向さんも同じ目にあう。これじゃいけない。なら瞬間移動で、あの子を大人しくさせれば)


 霞が眼を緑色に光らせ、瞬間移動を試みようとした。


「霞ちゃん、駄目!」

 

 実菜穂と陽向が声を上げた。だが、霞は止めることができず、瞬間移動で少女の目の前に現れると、右拳で少女のわき腹に一撃を加えようとした。その拳を実菜穂と陽向の腕が止めた。


「えっっ!」


 霞が腕を絡めた二人を見て驚きの声を上げた。


 霞の拳を止めた二人は、疲弊した姿でゼイゼイの息でいる。その瞬間、霞にも同じように疲弊と苦痛が襲ってきた。


 驚く霞に少女はまた笑い声をあげた。


「おまえ、察しはいいのに頭が悪いな。なるほど瞬間移動か。その力は想像しなかった。だが、どうだい。お前は何事もなく無事だったが、繋がれたまま置いていかれた二人は、瞬間移動に引っ張られてとてつもない空気の衝撃を受けた。大気圏突入どころではないぞ。もっとも、水と炎の壁で緩和していなければ、命は無かったな。それに、私を攻撃しなかったのも正解。流石さすがと言っておくよ」


 少女は自分の腕を鎖で打ちつけると、腕を見せた。少女の腕は傷ついてはいなかった。

 少女の行動から、霞もようやく二人が自分を押さえた理由が分かった。次の瞬間には痛みが三人を襲った。


「分かったか。鎖に繋がれている限り私への攻撃はそのまま、おまえ達に返るのさ。そして私は無傷のまま。もはや、打つ手はない。覚悟しろ」


 少女の言葉に霞は身体以上に心に苦しみを受けた。


(まただ。またわたしは、実菜穂さんと陽向さんを苦しめてしまった。足手纏いころじゃない。わたしだけが、死ぬのはまだいい。でも、二人を巻き込むのは嫌だ。でも、でも、攻撃することもできない。逃げることもできない。いったいどうすれば)


 自責の念に震え、霞の顔は今にも泣きそうになっていた。


「霞ちゃん、泣いてる場合じゃない。どうすれば助かるか最後まで考えるの」


 実菜穂が声をかける。陽向も苦痛の表情を緩めて笑った。二人の笑顔に霞の泣きそうな顔が冷静な表情を取り戻していった。


(何を言っているのだこの巫女たちは。この状況でも諦めずに助かる方法を考えるだと。ふざけるな。鉄鎖の神の巫女、真那子まなここそが最高の巫女だ。真那子を呼び覚ますため・・・・・・そのために、おまえ達はここで果てるのだ) 


「何を相談しようが無駄だ!」


 少女が叫び、三人に止めさせようと鎖に気を放った瞬間、何かに警告するよう大きく波打つ。


「なんだ、どうした」


 キン!!!


 少女が鎖の異常な動きに気をとられ攻撃の手が緩むと同時に、金属音とともに飛来してきたものがこの場の空気を一変させた。


 少女は目の前の出来事がまだ理解できていなかった。

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