第110話 覚悟と想い(6)

 少女の目に映ったのは、地面へと伸びた鎖。陽向と実菜穂から断ち切られた鎖だった。


「誰だ、お前は」

 

(ばかな。鎖を断ち切るだと。・・・・・・そうか、これは縁切えんぎりの力)


 少女の目の前には、三人の鎖を断ち切った一人の少女が立っていた。紫のゴシックドレスに後ろ髪を束ねる大きなリボン、手には鋭く細い刃の大鎌を持つ少女。琴美ことみだ。


「琴美ちゃん」

「琴美・・・・・・ちゃん」


 実菜穂が、「助かった!」とばかりに声をかけた。陽向は初めて見る琴美の巫女姿に目を丸くしている。


「遅れてすみません。お姉ちゃんから、皆がここに来ていると聞きました」


 お姉ちゃんとは、とうぜん真奈美のことである。真奈美は実菜穂、陽向の学校の先輩であり、琴美の御霊を取り戻すため三人でユウナミの神のもとに行ったことは、記憶に新しい。

 いまの琴美は正式な巫女として神社に勤めており、中学卒業までは真奈美と一緒に暮らしている。


 三人に深々と頭を下げている琴美の姿を、霞は心を掴まれたかのごとく見つめていた。


(あの子、コトミっていう名前なんだ。あれ?この香は憶えがあるよ。甘い香・・・・・・いい香)


「お前も巫女か。なら、まとめて片づける」


 少女が両手から再び鎖を放つ。


「琴美ちゃん、気をつけて。鎖に捕まったら危険よ」

「はい」


 陽向の言葉に、琴美は素直に返事をした。上下左右に牽制しながら向かってくる鎖を、素早く大鎌で払いのけると首筋の痣に指をあてた。


告死蝶こくしちょう


 琴美の痣が光り巨大なオオムラサキが姿を現すと、羽を広げて小さな蝶に分裂していく。紫色に輝く無数の蝶が少女に襲いかかっていった。少女は、鎖で蝶を払いのけるが数が多すぎて視界も確保できない状態だった。


(このタイミングで躊躇ためらいもなく式神を使うなど。この巫女、かなりの手馴れ。紫色の蝶の式神、縁切りの力。間違いない、死神しがみの巫女。ならばこの蝶は、私の精気を吸い尽くすか)


 少女は両手を大きく振り上げると、鎖を地面に叩きつけた。巨大な砂埃すなぼこりが辺り一面に舞い上がり、煙幕となった。


「あっ、逃がさない。待って」


 霞が右手を上にかざして旋風つむじかぜを起こすと、砂埃は空に上がっていき視界が開けた。そこに少女の姿も無く、紫の蝶も消えていた。


「見事な退き方。あの子は戦うことを知っている」

「うん。私たちとは違いすぎる」


 陽向と実菜穂が少女が消えた方向を見ながら、気配が消えていくのを感じていた。




 少女は、既に気配が掴めないほどの距離にいた。木に鎖を巻き付け、それを素早く縮める。これを繰り返せば高速で山を移動できる。木々の合間を縫って飛ぶよりも、速く移動できるのだ。


「四人の巫女を相手にするのは、さすがに分が悪いか」


 山の奥へと少女は姿を消した。


 

 

 実菜穂が右手を光らせ、陽向の傷を癒している。痛みと疲労で色を失っていた顔に精気が戻った。苦しい状況のなか、けして弱々しい色を見せることの無かった陽向が、ホッとした表情を見せる。その笑顔に実菜穂、霞、琴美の三人は、自分までも笑顔になっていた。


「よし。これで元気になった」


 実菜穂がフーッと、力を抜いて空を見上げた。一仕事終えた心境である。


 先に治癒してもらった霞が、陽向の元気な姿を見て頭を下げた。


「わたしが、余計なこと話したばっかりに二人を危険な目にあわせてしまいました。本当にごめんなさい」


 心から申し訳なく思うのと同時に、自分自身の腑甲斐ふがいなさに涙があふれてきた。


「霞ちゃんが責任を感じることはないよ。例えこの場に来なくとも、ナナガシラに行けば出会っていたかもしれない。遅かれ早かれ、戦うことになったでしょう」

「そうだね。こればっかりは、どうしようもないよ。それより琴美ちゃんが助けに来てくれて感謝だね」


 実菜穂がエヘヘと笑って親指を立てた。


「そうだね。あのままだと、命が尽きていたかもしれない。本当、怖い相手。それよりもいま気になるのは、琴美ちゃん、その姿どうしたの?」


 陽向が「オーッ」という表情で琴美を見ている。


「可愛いよね。私もあのビルで最初に見たときは驚いたよ。そうそう、話聞きたいなあ。この姿の理由。もしかして死神の好みとか?まさか、死神の巫女の正装とか?」

  

「えっ、正装!」


 霞が実菜穂の言葉に食いついた。


 実菜穂がポンポンと質問するので、琴美は恥ずかしがって頬を薄く桃色に染めている。ゴシックのドレスのあどけない少女。その姿はアニメか小説の世界の人物のようであった。


「ねっねぇ。教えて」


 実菜穂が目を輝かせてお願いしているところに、陽向も霞も乗っかって期待の目で琴美を見ていた。


 三人から注目を浴びた琴美が、照れた仕草でモジモジと上目遣いで話し始めた。


「実は、これは・・・・・・」


 三人はウンウンと頷きながら、琴美の話に夢中になっていた。

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