第107話 覚悟と想い(3)

 昼の太陽が西に傾きかけている。山の木々に囲まれるなかでは、強い日差しから微かに秋の気配を感じることができた。街中とは違う世界が山にはあった。


 霞を先頭に陽向と実菜穂が後に続いている。


「ここで女の子に会いました。この道を辿たどればナナガシラの入口に続くはずです。でも、ここはすでに使われることがなくなった道。だれも通る人はいないと思ってました」


 霞がナナガシラの方向を指さしながら、当時の状況を話していた。陽向は、話を聞きながら辺りの様子を観察している。まるで刑事ドラマのワンシーンを見ているようである。

 実菜穂は、「ホーッ」と頭上高くそびえる杉や桧を眺めている。どこからか聞こえるヒグラシの声が、辺りにこだましていた。


(懐かしい感じがする。中学生になる前は、山や川で走り回ってたな。あっ、そうだ)


 実菜穂はしゃがみ込み注意深く山道を見始めた。


「実菜穂さん、なにを探しているのですか?」


 実菜穂があまりにも熱心に足下の草を見つめるので、霞が声をかけた。


「うん、霞ちゃん、この道は確かに古くて誰も使っていないけど、守っている人がいるみたいだよ」

「どういうことですか?」


 霞が実菜穂の横で一緒に道を覗きこんでいる。


「ほら、この草を見て。踏みつけられているように倒れているけど、折れていないでしょ」


 実菜穂が道の真ん中に生えている草を指さすと、霞は顔を近づけ観察した。実菜穂の言うとおり、草は折り曲がっているのだが、すぐにでも真っすぐに伸びそうなほど生き生きとしていた。


「本当だあ。不思議です」


 霞は、実菜穂が伝えたいことをまだ分かっていなかった。


「ほら、私たちが歩いてきた跡は、草は踏まれて折れているでしょ」

「あっ」


 霞が自分の足をあげて地面を見ると、踏みつけられた草が痛々しく折れ曲がって、すぐには戻らないほどにひれ伏していた。


「この道、神様が通ったかもしれない」

「えっ、そうなんですか」

「うん。私がまだ小さい頃、みなもが教えてくれた。草や華が折れないで曲がっていたら、それは神様が通った跡だって。神様もいろいろいて動物の神様もいるから、じっくりと見たら色々な跡が見つかるぞって」

「わわわ、その話、面白いです。どんな神様が通ったんだろう」


 実菜穂の解説に霞は、目を輝かせて草を観察した。


「これは柴神様しばがみさまかも」

「柴神様ですか」


 陽向が草が倒れた方向をジッと見ていた。


「そう。峠や山道の入口にたたずむことが多いけど、通行人の安全を守り、疲れを癒す神様。山に入る人には信仰厚い神様だよ。これは、パトロールのように通った跡みたい。この道を神様が通るのならば、道を守っている人もいるということ。もしかしたら・・・・・・」


 陽向がナナガシラの方向に視線を移し、遠く眺めていた。


「・・・・・・!」


 陽向の緩やかな表情が一気に引き締まる。


「陽向さん、どうしたのですか?」」

「陽向、何か見え・・・・・・!」


 陽向に続き実菜穂も同じ方向に何かを見つけた。


「誰かこっちに向かってくる」

「えっ?・・・・・あっ!」


 陽向の言葉に、霞もようやく緊張の根元を見つけた。三人の表情が固まっていく。



「ここには来るな。そう言ったはずだ。警告しておいたのに、仲間を引き連れノコノコ入ってくるとは。この鉄鎖てっさの神、舐められたものだな」


 耳から頭へと突き刺してくる声とともに、少女が霞の前に姿を現した。


 西日が少女を照らし、地には長い影が伸びていた。木々の間でヒグラシの声が世界を包むように、こだましていた。

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