第62話 神と巫女(17)

 赤の神が歌い始めた。陽向は歌声を聞きながら気配を探っている。声だけに頼っているのではない。自分の周りに放っているオーラで赤の神の動きを捉えていた。それでも歌が終わるときには、後ろに付かれてしまう。一瞬であるが気配を見失ってしまうのだ。


(赤の神様の気配を見失う原因は見当がついた。歌声だけに頼っても、気を張り巡らしても歌い終わる最後の瞬間に見失う。次に一気に詰め寄られる。おそらく赤の神様は私が感知している範囲は見通しているはず。ならば)


 赤い神が陽向を取り囲んで回りながら歌い続ける。ゆっくり、優しく、そして悲しげな歌声は陽向の心の中に響いていった。


(もう一つ気になるのはこの歌。なぜこれほど、心が締め付けられるのか分からない。この歌に何が込められているの。駄目だ、いまは後ろに付かれないことに集中しなければ)


 赤の神が歌う。


 『うしろの正面・・・・・・』


 陽向が赤の神の声と気配に集中する。何も見えぬ暗闇の中、ただ一点にだけを見つめていた。 


(この瞬間だ。一瞬だけ、私の放った気から逸れる位置に跳んでいる。赤の神様の存在が消えたことで、私は距離と方向を見失ってしまう。そのあと、予想もしない方向から一気に詰め寄って後ろを取りにきた。これは、雪の中で足跡を頼りに追っていくと見失うのと同じだ。聞いたことがある。ウサギが追跡者を攪乱するために、後方にできた足跡を踏むように後退し、足跡の付かない場所に跳躍する行動。止め足だ)


 陽向が赤の神が存在を消した方向に詰め寄っていく。張り巡らせた円形の気の中に再び赤い神を捉えた。赤の神は陽向の行動に怯むことなく、後ろに付こうとする。


(どこにいるか分かる。存在が消えたのではない。私の後ろに付けるすぐそばにいる)


 陽向はクルリと振り向くと両手を伸ばし、赤の神様を肩を包んだ。


 『だあれ・・・・・・』


 歌が終わる。陽向の手は赤の神の肩を押さえていた。お互いが向き合い、塞がれた眼が互いの存在を認めていた。赤の神は陽向よりも小さく、互いに向き合いつかまる姿は、無邪気に遊ぶ歳違いの友達のようである。実菜穂、霞そして対峙している柱もその様子を見守っていた。


(なぜ、これは!)


 肩に手を置いていた陽向が突然震えた。悪寒が全身を走り、重く苦しい空気が身体にまとわりついた。断片的で全く理解できないが、泣き叫ぶ二柱の声と共に下の階で見た幼い巫女たちの姿が見えた。どう繋がっているのか分からないが、とてつもない残酷な光景が浮かんですぐに消えた。


(赤の神様、いったい何があったの。塞がれた眼は何を意味するの。光を見せれば、それが分かるというの)


 陽向は、押さえていた肩から震える手を離した。僅かであるが、赤の神の記憶に触れてしまった。そこで見た光景はとても眼を開けていられるものではなかった。そのことだけは、はっきりと分かった。震えが徐々に治まっていく。蒼白となっていた陽向の顔に色が戻ってきた。


(私は見なければならない。いったい何が赤の神様にあったのか。いったい何が起こっているのか。この御霊に懸けて)


「次は私の番です」


 陽向は微かに震える声で歌い始めた。

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