第61話 神と巫女(16)

 陽向がゆっくりと歩き始めた。赤の神との距離はきっちりと五歩あいている。歌が終わり陽向が止まったところは、赤の神の右肩の位置だった。その間、赤の神は一歩も動いていない。陽向がただ赤の神を一周回っただけだった。その様子を霞は緑の瞳で見つめていた。実菜穂がこの場の神を何とか知ろうとしていたことが影響していることは、言うまでもなかった。必死で瞳を凝らし、陽向と赤の神を見ていた。さらにその眼は実菜穂をも見つめていた。


(実菜穂さんは神様のことをしきりに気にしている。はじめは、陽向さんのことを気にしないのが不思議でならなかった。いまなら分かる。実菜穂さんはこの場の全てを見ようとしているんだ。何が見えているのか分からないけど、全てを見通そうとしている。そして何より陽向さんを信用しているんだ)


 霞の眼には、実菜穂の水色のオーラがフロアを包んでいるのが見えていた。霞の瞳は再び陽向に注目をした。陽向の周りに紅色のオーラが見えていた。しかもそのオーラは陽向を中心に五歩の距離で見事に円を描いているのだ。赤の神はその円周上にいた。


(これは!)


「実菜穂さん、陽向さんの動きってずっと同じですよね。私には陽向さんの気が見えています。何か考えがあるのでしょうか」

「うん。陽向はもう捕まえる目星をつけている」

「えっ?」 

「霞ちゃん、次に赤の神様が陽向を仕留められなければ、陽向が勝よ。だけど、赤の神様に光を見せるのは容易じゃない」


 実菜穂の表情は硬いままだった。




 みなもがビルを眺めている。横には火の神とシーナが並んでいた。


「見事に儂等との繋がりを切ったの。卯の神の妹の仕業じゃな。やっかいというか、深いのおう」

「どういうことだ」


 実菜穂たちのいる五階を見つめてため息をつくみなもを火の神は見下ろしていた。このような状況でも姿勢を崩すことなく、凛とした気を放つみなもの美しさに、いましがた自分の発した言葉を忘れそうになっていた。


「巫女と神を遮る力。これは卯の神の持つ力ではない」

「そーいえば、そだね~」


 シーナが横目でみなもを見ている。みなもの視線はビルに向けられたままであるが、その横顔からはシーナのおとぼけなど見透かしたという色が表れていた。


「それはつまり」


 とぼけ顔のシーナを横目に、火の神が気を取り直してみなもに訪ねた。


「あの姉妹、呪いを受けておるの。それを知ったとき、三人が気を確かに持てればよいが」

「なんだと。それならお前の出番ではないか」


 火の神が万事解決とばかりにみなもに覆い被さりせっつくと、みなもがグイィーっと押し返した。


「やめろ。暑苦しい」

「おお、すまぬ。だがこうなった以上、直接乗り込めばいいのではないか」

 

 みなもに勢いよく押し返されやり場のなくなった手を引っ込めながら、火の神も実菜穂たちがいるところを見上げた。


「そうしてやりたいのじゃがな。いま卯の神の呪いを解いても、救われぬのじゃ。その元を絶たねばのう。まあ、いま必要なのは卯の神の心を開かせるこじゃ。それを実菜穂たちがしておるので邪魔もできぬ」

 

 みなもがビルを見上げると、辺りを彩る照明の上に月が黄の光りを放ち輝いていた。

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