第60話 神と巫女(15)

 陽向が「かごめかごめ」歌いながら、フロアを歩く。ぎこちなく歩む姿は闇を歩いているからだと霞は思っているが、実菜穂には陽向が赤の神の気配を必死で探っているように見えた。


(陽向は神様との距離を測っている。すべての感覚を集中させている)


 陽向の歌が終わった。陽向の位置は赤の神とは五歩離れており、しかも右肩方向に立っていた。霞が声を漏らさぬよう、口を押さえて悔しがっている。赤の神が霞の姿を察して、フフっと可愛らしく笑った。


「陽向、随分と見当違いのところに立っているみたい。私はここを一歩も動いていないのに」


(陽向。確かに出鱈目なように離れたところに立っている。でも、しっかりと私を囲んで回っていた。これは、偶然じゃない)


 赤の神は塞がれた眼で陽向を見ながら歌い始めた。歌声を聞きながら、霞は気が気でない様子で陽向を見ている。自分のことのように心配しているのだ。その霞に実菜穂はまたもや声をかけた。


「霞ちゃん、【かごめかごめ】のかごめって何だろう」

「えっ!」


 実菜穂の突然の振りに、霞はビックリマークで頭がいっぱいになった。それもそのはず、いま目の前では陽向が命を懸けて神と対峙しているところなのだ。そんなときに「かごめかごめ」の歌詞を質問するなんて、この場の状況が分かってないのかと「イーッ」とした顔を実菜穂に向けていた。


「あっ、たしか、駕籠の目だったような。他にも囲めって、取り囲むみたいな意味を聞いたことがあります」

「駕籠の目、駕籠の目・・・・・・駕籠の中の鳥は・・・・・とり、鳥居?」

「あの、実菜穂さん」

 

 実菜穂は霞の声が聞こえていないのか、ジッと赤の神を見ながらブツブツと歌詞を呟いている。


「霞ちゃん、【夜明けの晩】っていつのこと?そもそもこの歌の意味がよく分からない。霞ちゃん知ってる?」


 神と対峙している陽向に対して、実菜穂は独り言で歌詞を呟いている。


(実菜穂さん、どうしちゃったんだろ?いま歌詞なんて考えてる場合じゃないのに)


 質問の真意が分からないまま、実菜穂の問いに必死で答えを探していた。


「あのーっ。この歌にはいろいろ解釈があるみたいです。えーっと、牢屋に入れられた囚人のことを歌っているとか、遊郭の女性の悲劇を歌ったものとか、あと、本当は言葉の訛りを面白く歌詞にしただけとか・・・・・・殆どが都市伝説なんです。正解がなにかは分からないーっ」


 霞の目の前のでは、陽向が肩を捕まれ危うく後ろに付かれそうになったが、瞬時に身をかわし、赤の神から間一髪で離れた。実菜穂との会話を忘れ、陽向が無事なことにホッと息をついた。


 実菜穂はしきりに歌詞を口ずさんでいる。必死で何かを探そうとしている実菜穂の姿に、霞も歌に何か秘められたものがあるのかと思うようになった。


「実菜穂さん、この歌に何か意味があるのですか?そう言えば、実菜穂さん、はじめにウサギの神様に大きな秘密があるって言ってませんでしたか。この歌と関係があるのですか」


 実菜穂が歌詞を呟いていた唇をキュッと噛むと、霞の方に顔を向けた。実菜穂の瞳を見た瞬間、霞の身体は訳も分からずに震えた。悲しみ、怒り、恐れ、全てが一斉に心の中に入ってきたように思えた。


「分からないよ、霞ちゃん。私の小さな力じゃ、いまは赤い神を見ることはできない。できるとすれば、あの場にいる陽向だけ。陽向なら必ず光を見せられる。だけど、その先を見るには覚悟がいる。それは分かった」


 実菜穂の瞳は水色に悲しい光を放っていた。

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