第40話 巫女と物の怪(14)

 陽向が現れたことに霞は、ホッと息をついた。


(良かった。陽向さんが来てくれた。私よりも何十倍も頼りになるのだから、邪鬼さんともうまく話ができそう)


「陽向さん、良かった。無事だっ・・・・・・!?」


 ドアの前に立つ陽向に声を掛けようとしたが、ただならぬ気配に足が止まった。


「霞ちゃん、何をしているの?早くここを片づけないと時間も体力もなくるよ」


 フロアに響く陽向の堅い声は、いつものポカポカでノンビリな面影はなく、冷静で鋭い巫女の音であった。一階で別れたときの陽向とはまるで別人である。


「なるほど。このフロアは邪鬼の群なの。纏まっているのなら都合がいいよ。早く片づけましょう」


 陽向は邪鬼を睨んだまま、ゆっくりと紅雷を引き抜いていく。鞘から抜かれていく紅雷が眩しい光りを放つと、邪鬼たちは身を寄せ合い恐れた。長老は陽向の姿を瞬きをすることなく見つめている。


(この巫女に迷いはない。せめて頭領だけは助けたいと願っても、我らを間違いなく討つであろう)


 長老は頭領を抱き寄せ、覚悟を決めて陽向を迎え撃つ体勢を整えていく。霞は陽向の異様な言動に戸惑いを感じていたが、長老の覚悟を決めた顔を見ると身体が自然に動きだした。気づいたときには、邪鬼を背中に従え、陽向の前に立ちはだかったていた。

 

「陽向さん、待ってください」


 霞は邪鬼を庇い声を上げて陽向を止めようとするが、陽向の眼は鋭く霞と邪鬼を紅い光りで押さえつけていた。威圧のオーラが霞を襲った。


「霞ちゃん、どういうつもり。邪鬼を庇うなんておかしいよ。邪鬼がどういう存在か知ってるの?」

「知らないです。ただ、人の先輩だということは分かります」


 霞の必死の言葉に邪鬼たちはざわついたが、陽向の表情は崩れることはなかった。


「ならば、その先輩がどうして神様から見放されたのか知らないよね。教えてあげる。邪鬼は、本来この世界の和を保つために生み出された存在だった。だが、己に正直すぎた事が仇となり、我欲を負の方向に向け、他のものを侵し、ことわりを乱し、この世界を壊した。神様より何度もさとされ、やり直す機会を与えられたが改める事はなかった。それに失望した神様は、邪鬼を失敗作として決め、この世界の和を保つ新たな存在として邪鬼の欠点を除いた人を生みだした。そした邪鬼をこの世界とは異なる場所へと閉じこめた」


(失敗作って、それで終わりなの)


 陽向の言葉が霞の心に小さな傷をいくつもつけていく。


「だけど、邪鬼はそれでも静まることはなかった。我欲の強さから閉じこめられた世界をくぐり抜ける力を身につけ、この世界に入り込んできた。それだけならまだいいけど、自分たちを閉じこめる原因となった人を恨み、貶め、果てはその御霊を食らうことで永延とこの世界で生を繋いできた。いまでもそう。御霊を食らうために邪鬼は、人を襲い続けている。その邪鬼がいまここにいるのよ」


 陽向が紅雷を邪鬼に向けた。


「待ってください、陽向さん。ここにいる邪鬼さんたちは、人を襲うことはしません」

「なぜ分かるの?私が来るまで霞ちゃんは邪鬼と戦っていたんじゃない」

「違います。私は戦っていません。邪鬼さんが怒ったのは、勝手に私が入ったから。いまはもう分かってもらえました」


 霞は陽向の睨みに震える身体を必死で押さえながら説得した。虐めを受けてもただ謝るばかりであった霞が、いまは自分の気持ちを伝えている。その勇気がどこから来たのかすぐに分かった。霞の手を握る頭領である。人と同じ姿をした邪鬼が霞にすがっていた。だが、その霞の説得にも陽向の態度は変わることはなかった。


「霞ちゃん、何を言っているのか分からないよ。邪鬼によっていままでどれだけの人が苦しんだか。どれだけの人の御霊が食われたか。その中には、まだ幼い子供もいたはず。何も知らずに、何も悪いことをしてないのに無惨にも御霊を食われたのよ。たとえここの邪鬼が人を襲わなくとも、その性が消えるわけでもなく、許されるものではない。邪鬼には変わりないよ。霞ちゃんが片づけないのなら、私がやる」


 紅雷から光りが放たれると、陽向は構えをとった。


(ダメだ。陽向さんは本気だ。ここは止めなければ。人に危害を加えないように考えている邪鬼を見殺しにはできない)


 霞は頭領を長老もとに帰すと、陽向から護るために立ちはだかった。


「邪鬼さん、お願いがあります。私がみなさんを護ります。だから、ここから外に出てもけして人を襲わないと私を信じて約束してください」

「護ってくれれば、お前を信じよう」


 頭領を抱きしめる長老の言葉に霞は頷くと、スッと腰を落とし構えをとった。


「どうして邪鬼を護るの?口先でだけでは通用しないよ。本気なの?」


 陽向の瞳が紅の光りを放つと、霞は緑の瞳でその色を見据えていた。

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