第38話 巫女と物の怪(12)
霞の姿がフロアから消えた。どこに消えたのか分からぬ霞を邪鬼たちは一斉に探す。邪鬼は人より前に生まれし者。五感は鋭く、とくに気を感じる力には長けており人の御霊を見つけることに役立てていた。その力をフルに使っても霞の気配は嗅ぎつけられずにいる。
結局、邪鬼は一体とて霞から攻撃を受けることなく、数も減ってはいない。我欲だけで生きる邪鬼はそのようなこと気に掛けるはずもないのだが、霞に助けられた何体かの邪鬼はそのことを隅に陣取っている群に報告するために向かった。
隅にいる群は幾重にも円陣を組んで要塞とかしていた。これは邪鬼としてはありえない光景である。というのも、通常、邪鬼の群は頭領の邪鬼が力で押さえている。つまり群のなかの邪鬼は、頭領の命令に従い行動をするだけだ。命令系統が単純であるため、優劣は群の大小で決まり、決着も肉弾戦のみの世界である。ゆえに、頭領を自ら護るという形態をとることは考えられないのだ。
円陣の外側にいる邪鬼に事の成り行きは報告された。その報告が中央へと伝わっていく。中心に位置する邪鬼が最後の報告を受ける。この邪鬼の姿はまさに長老であった。年老いていながらも、その眼は澄んだ色をしてしており、フロアで飛び交っていた邪鬼たちと違い顔つきには理性を感じさせた。長老の邪鬼が頭領に顔を合わせようと振り向くと、霞が頭領を抱き抱えてしゃがみ込んでいた。驚く長老に「この場を治めるよう」目配せをした。長老は固まり、思案していたが頭領の姿を見ると頷いた。
長老の指示で円陣はとかれ、霞と距離をおいて整列をした。邪鬼では考えられないほど統制がとれた行動である。フロアに整列した邪鬼は壮観で、100以上はいるであろうか。長老をはじめどの邪鬼も霞と頭領に注目している。まだ、多少攻撃的な邪鬼もいるが、多くは落ち着き霞の出方を待っていた。驚いたのは、霞である。
霞は頭領を抱き抱えていた腕をゆっくりと解いていく。その腕には小さな女の子がジッとしていた。霞がお願いしたとおり声を上げることなく大人しくしていたのだ。邪鬼であるはずなのだが、女の子は物の怪という異様なものではなかった。人の子と言ってもおかしくなく、可愛らしいい女の子である。頭領というだけに大きくて、おっかない暴れ者の鬼を霞は想像していたので初めて見たときは、驚きのあまり声をあげそうになった。もし、敵意だけで突っ込んでいれば傷つけたかもしれない。
「これでこの場は勝負ありだと認めてください。認めてくれたら、大将もここの邪鬼さんとも争わなくて済みます。お願い」
霞は神の眼で邪鬼に頭を下げた。長老は穏やかな顔をしていながら、その眼は鋭く光っていた。霞の言葉を完全には信用していないのだ。
(この者は巫女だ。しかも太古神の風の巫女。たしかに我々が束になってかかっても敵うまい。だが、いまとなってはその巫女の言葉とて信じることはできぬ。ましてやそれが、邪鬼と神の関係ならば)
「その言葉を信じるのは容易い。だが、お前の言葉を信じたとしてこの者たちは、これからどうすれば良いのだ。この場を去れば人は我々を迎えるのか」
「えっ!」
長老の言葉の意味が霞には分からなかった。
(どういうこと?この場を治めただけじゃダメってこと?つまり・・・・・・どうしたらいいんだろう。どうすれば、邪鬼とお話ができるのだろう)
霞は頭が混乱するなかで、自分は全く邪鬼のことを知らないことに気がついた。
時が過ぎるなか、霞は自分ができることを必死で探していた。
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