第35話 巫女と物の怪(9)

 霞がドアの前に立っている。ドアの前にたどり着いてかれこれ時間は経っていた。ピリピリと伝わる人でない気配が霞の足を止めていたのだ。


(いるの分かるよ。この中に人じゃない気配がする。神様とかじゃないし。邪鬼って言ってたかな。鬼なの?あーっ、シーナは遠くから見てるだけだし)


 ドアノブを握っては離し、握っては離しを繰り返していたが、意を決して強く握った。



 バタン!      「いーっ!」


 下の階から響いた大きな音に思わず握っていたドアノブを離した。


(ビックリした。陽向さんが頑張ってるんだ。今頃は実菜穂さんも動き出しているはず。これ以上二人の足を引っ張るわけにはいかない)


 気を取り直して霞はドアをゆっくりと開けると、暗い部屋にそーっと足を踏み入れていく。

 

「おじゃましま~す」


 遠慮気味に声をかけドアを閉めて辺りを見渡す。こんな調子ではいけないのは霞も承知なのだが、どう対応してよいのか分からないのだ。シーナや隼斗なら「ドリャー」という感じで飛び込むのだろうけど、霞にはどうもそれができそうにない。できれば穏便に話し合えればという考えが頭を固めていた。


 ゆっくりとドアを閉めると部屋は明かりを失った。何も見えないはずなのだが、霞にはハッキリと色が見えている。その色のなかに明らかに動くものがいる。小学生くらいの背丈、背が低い霞よりも一回り以上小さな者がゾロリと現れた。前屈みの姿勢に力が強そうな腕。小さいからと侮ることができないことが一目で分かる。


(これが邪鬼なんだ。すごく怒っているような気がする。勝手に入ったからかなあ?)


「あのう、お話しできますか?!」


 霞が話しかけるのと同時に一体の邪鬼が飛びかかってきた。霞はその動きを捉えながら身体を素早くひねりかわした。


「あわわっ」


 霞の素早さに周りの邪鬼の形相が険しくなる。


(さっきのふつうに速かったよ。そうかあ、人とは違うんだ。香奈さんのときとは違う。でも、シーナが言ったとおり楽に避けられる)


 霞は、シーナから風の巫女の手ほどきを受けたときのことを思い浮かべていた。



・・・・・・


 夜の校庭に霞とシーナがいる。霞の前でシーナはフッと姿を消すと次の瞬間には、校庭の端に姿を現していた。距離では100m程度だろうか。瞬間移動である。霞は「ほー」と声を上げたまま見つめていた。


「霞、感心してないであなたもついて来てよ」

「えーっ!」


 驚いている霞の前に再びシーナが現れた。


「霞、あなたは風の巫女。あなたには教えておかないといけない。私の力が何かを。その力は速さよ。霞の式神が隼なのがその証。風の神の速さにかなう神はいない。物の怪とて同じよ。風は無敵なのよ。その力を霞は実感しなくちゃ」


 シーナが指を突き立て右手を高く上げると、頭上に大きな鳥が翼を広げて現れた。月を背にしたその姿は、神々しく勇ましかった。その鳥が大きく羽ばたき飛び立つ。宙に浮いた身体から大きく翼を広げた瞬間、次々と分裂するように隼が姿を現した。無数の隼はグゥーッと空高く突き上がっていく。乱れのない動きで天高くまで上昇すると、体勢を入れ替え、頭を下に向けて翼を折り畳むように小さくしてスッと降下してきた。その速さに霞は目を奪われていた。


「ほら、霞、この隼を追うよ」


 シーナが霞の手を取ると上昇していく一羽の隼を追った。シーナに引かれているとはいえ、実際自分で動くことでその速さを何倍にも増して実感できた。隼は上昇下降を繰り返している。シーナはスルリと霞から離れた。一人になった霞はそのまま隼の動きについていった。自分にはできないと思っていたが、身体は思うより先に簡単に動いていく。だんだんと飛んでいることが面白くなってきた。何度も隼を追っているうちに翼と眼の動きを自然と捉えていくようになり、飛び始めたときより楽についていけた。やがて霞は、隼を追い越し、逆に自分が先導して急上昇、急降下を繰り返していた。隼もピタリと霞について飛んでいる。霞がスピードを落とし宙にとどまると隼は肩に止まり、霞を護るために辺りを警戒していた。


 霞が肩に止まっている隼を撫でると、甲高い声をあげてもっと撫でるように催促した。


「いま、ピヤーって鳴いたよ。そうかあ、喜んでるんだ。あっ、そうだ。いまから君たちはピーチャンだ」

「こら、勝手に名前つけないよ」

「駄目なの?」

「まあ、霞の式神だから好きなように呼んでもいいけど。ピーチャンてなんだかねえ、美しくないよ」

「でも可愛いよ。カッコ良くて、可愛い!」


 霞は再び隼を先導して飛び始めた。


 シーナは夜空を自由に飛び回る霞をジッと見守っていた。


(風の力をすぐに自分のものにしているよ。巫女になる力が霞にはある。だけど霞は肝心なところで優しくなる。それが本当にいいことなのか・・・・・・わからないよ)


 

 

・・・・・・


 霞は邪鬼に取り囲まれ慌てたが、すぐに冷静になった。 


(邪鬼の動き、ピーチャンに比べたら止まっているようなものだ。慌てなくても大丈夫。でも、これからどうしたらいいのかな)


 次の一手が思い浮かばない霞に邪鬼が飛びかかっていった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る