第34話 巫女と物の怪(8)
陽向の瞳が神の眼となり、思念を捉えていく。
(潜んでいて見えなかったけど、さっきの子に導かれたの?)
どこに潜んでいたのか分からなかったが、巫女となった小さな女の子がゾロゾロと現れ陽向を取り囲んでいく。小さな巫女の瞳には一つ一つ違った色が浮かんでいる。
辛さ、悲しみ、恐れ、寂しさ、諦め・・・・・・
可愛らしい姿に対して、その瞳には多くの負の思念を抱いた光りがあった。陽向にはその光りがどこから来るのか、何を意味するのか分からなかったが、ただハッキリと理解できたことがあった。
(さっきの部屋は明らかに大人の思念。外側に向けられた思念だ。だけど、ここにいるのは巫女。しかも外側に放たれる思念じゃない。内側に閉じこめたもの。一人苦しんでいる思念)
祓わねばならないと分かっていながら、陽向の腕は止まっていた。ジッと忍び耐えた思念の光り。虚ろな瞳の幼い巫女を切り祓うのにためらいがあった。
(ダメだ。私には切れない。この子たちは、ただ一人になりたくなかっただけ・・・・・・)
振り上げた腕が止まる。巫女たちは陽向にすがるように取り囲み集まってきていた。
「お願い、その子たちを切って。自由にしてあげて。お願い」
再び声が陽向の心に響く。呪縛が解かれ陽向の腕が紅雷を振り下ろした。切られた巫女は光りとなり消えていった。
「呪縛が解けた。切れば巫女たちは自由になれるの?」
「なれます。あなたは、火と光の神の巫女。その炎をもって邪悪を滅ぼし、その光りをもって再生をはかる。光りはあの子たちを自由にしてくれる」
響く言葉に陽向は集う巫女を切り祓っていく。瞳を滲ませながら紅い光りを放つ。一振りごとに陽向の心は締めつけられていった。果てることのない悲しみが紅雷を通じて陽向に届き、それをすべて漏らすことなく受け止めていた。
(この幼い巫女たちの叶わぬ思いはいったいどこから来るの。この巫女はなぜこれほど悲しい瞳をするの)
最後の一太刀を陽向は振り下ろした。すべての巫女は光りとなり消えた。肩を上下させ、息を整える陽向の頬を大粒の滴が伝わり床に落ちた。情を押し殺し、すべての巫女を切り祓った。だが、いま陽向は切り祓った巫女の苦しみ、悲しみ全てを受けとめた重みに押しつぶされようとしていた。
(駄目だ。もう私、これ以上立っていられない)
紅雷を床に突き、片膝をついた陽向は荒い呼吸で床を見つめる。薄れる意識のなか、みなもの言葉が頭をかすめた。
『最後に残ったものを見つけよ』
陽向は顔を上げて辺りを見渡していく。
(そうだ。あの声の子は誰だろう)
何もない部屋の片隅に白く光る部分があった。陽向は立ち上がり、ふらつく足でゆっくりと歩いくと、そこには幼き巫女が光りを纏い立っていた。長い黒髪と優しく透明な瞳。陽向を見ると
「あの子たちもお礼を言っています。ありがとうございます」
巫女は陽向にお辞儀をすると無数の光りの粒となって飛び散って消えた。その光りは陽向にも触れていった。巫女の言葉と光を受け、陽向の押しつぶされそうな心は優しさと希望で満たされて、瞳には再び紅い光が輝いた。
「本当にここはパンドラの箱だったの。たしか、神話では最後に残ったのは希望だった。でも、ここに残ったのは『感謝』。あの巫女たちは何だったのだろう。何があったの」
陽向は飛び散っていく光りを眩しい瞳で見送っていた。
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