第33話 巫女と物の怪(7)

 陽向の手がドアを開ける。今度はゆっくりと慎重に開けていった。ノブを握った瞬間、とてつもなく静かで、悲しく、重い気を感じたのだ。


(前の部屋は荒い気が多かった。人を貶めようとする気だ。だけど、ここは違う。そう、ここの気は幼い)


 自分が入れる幅までドアを開けると、身体を滑り込ませて閉めた。討ち漏らす可能性があることを考えたのだ。直感だった。


 入った部屋に明かりは無く、ドアを閉めたことで光りのない世界に包まれた。人の目では何かを認識するのは困難であるが、陽向には光が当たっているかのように辺りが見えている。まだ見えていないが、確かに感じるものがあった。この部屋に数多くの思念がいるはずなのに姿が見えないのである。


(静かすぎる。思念が部屋から飛び出そうとしない。どうして?・・・・・・隠れているの?そうだ。静かというより耐えている感じ。泣いている・・・・・・とにかくこのままではらちがあかない)


 陽向はゆっくりと紅雷を鞘に収める。それを察したかのように、辺りからサワサワと蠢く気配が陽向を包んでいった。まるで緊張という紐で縛られていた袋が開かれたように、その姿は現れた。


 陽向の前に一つの光が形を成していく。人の形、子供、十にも満たない歳の小さな女の子の姿になる。女の子は巫女の姿をしていた。瞳は怯えた光を放ち震えている。その瞳の光を受けると陽向の身体は凍りつき、動くことができなくなっていた。


(怖い、怖い、怖いよ、お姉ちゃん・・・・・・)

 

 小さな巫女が陽向に近づくと足下に抱きついてきた。その瞬間、陽向は全身が恐怖の感覚に支配されて震えると、瞳は小さな巫女と同調していった。


(そう、怖いよ。誰にも言えない。誰にも弱みを見せられない。一人で震えてた・・・・・・)


 陽向の意識は幼い頃の自分へと返っていく。かつてユウナミの神に御霊を差し出すことを定められた陽向。その秘密を持ったまま一人、怖さに震えていた。意識が恐怖に支配されていく。膝が折れ、小さな巫女と目を合わせる。小さな巫女は陽向に抱きつき、一つになろうとした。それは怖さから必死で逃れ、甘えようとする姿であった。陽向の意識も同調し、抗うことなく抱きしめようとしたそのとき


「切って。お願い、その子を祓って」


 陽向の心の内に声が聞こえた。優しい女の子の声だった。その声が陽向の恐怖を祓っていく。瞳が紅く光り、恐怖で固まっていた腕が紅雷を引き抜く。一瞬にして巫女を切り祓った。巫女は光りとなり消えた。


 紅雷を握りしめた陽向は立ち上がると、全身から光を放つ。恐怖で支配されていた意識は紅い光りにより祓われていった。


(ここにいる思念は、幼い巫女たちのもの)


 紅雷を構え、紅い瞳で潜む思念を見据えていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る