第32話 巫女と物の怪(6)
陽向がドアを開けると、「このとき」とばかりに暗く濁りのある光が人魂のように一斉に飛び出してきた。
陽向の瞳が濃く紅く光るのと同時に鞘から紅雷を抜いた。抜きと同時に一閃のもと飛び出してきた光を切り裂く。刀に触れただけで、光は次々と砕け散っていった。光の一つ一つが人の負の感情である。
妬ましい、許さない、落ちればいい、消えてしまえ、あいつだけなぜ
次々と襲い来る光は悪意の思念である。どこからどう集められたのか、数えられないほどの思念が陽向に襲いかかってくる。火と光の神の巫女である陽向にとって数など問題ではなかった。出てくる光は漏らすことなく、素早い振で切り祓っていった。達人といえど陽向のスピードで振り下ろすことは不可能であろう。巫女として神の力を与えられた陽向は、人の身体では成しえないことが意のままにできた。けれどもそれは、巫女としての器があってこそできることであり、実菜穂も霞も同じなのだ。
10分ほど陽向は思念の光を切り祓っていた。なかには、陽向にと憑こうと刃を逃れ衣服に憑くものもあったが、陽向に触れたとたんに炎に焼かれ消えてしまった。陽向自身が祓いの巫女として出口を塞いでおり、一振りごとにフロアの気は浄められていった。果てることがないと思われていた思念は陽向の祓いによって数を減らし、最後の光はフロアを逃げ回っていたが、瞬時に陽向は追い詰め祓った。
思念の光は消え失せ、フロアは空っぽになっていた。周りを見渡しても何も異様な気は感じなかった。この部屋は全て片づいたのだ。
「すごい数。一つ一つハッキリと見ることができた。あれは人の悪意だ。妬み、怒り、恨み・・・・・・確かに外に出すことはできない。だけど、みなもは『情を捨てて』と言ってた。この感じなら何も思わず祓えばいいだけのはず。情をかけるようなものではない。この部屋は全て祓ったはず。何も見えないし、感じない」
紅雷の切っ先が微かに震えた。素早い振りに腕が痺れていたのだ。
(この震え、心のものではない。みなもが言う、式神を呼び起こした私への負担かもしれない。一度呼び起こせば、かなり大きな負担になる。半刻で式神は回復するけど、巫女は簡単ではないということか。二度呼び起こせば、立つのがやっとかもしれない)
震える右手を押さえ、部屋の中を見渡した。何もない空間があるだけだ。痺れが残る手で紅雷を鞘に収めようとした瞬間、背中を押されたように感じた。
「まだ全ては祓えていなかった」
陽向は紅雷を握り後ろに振り向くと、通路を挟みドアがあった。
「まだ部屋はある。向かいの部屋だ。こっちの部屋の方が気が荒々しく目立ったから入ったけど、あの部屋は静かすぎる」
陽向が向かいの部屋のドアに手をかけた。
(これは・・・・・・)
ドアノブを握った陽向の手が開けるのを拒むように固まった。
(なに?このドアを開けてはいけないっていうの。すごく嫌な予感がする。でもここを祓わないと)
陽向は手に力を込めて、ドアを開けた。
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