第26話 霞と隼斗(9)

 琴美の件で一息ついたのもつかの間、今度は行方知れずになった優里という少女を捜すことになった。しかもそれが神や物の怪に関わることとなれば、実菜穂の思いもまた複雑であった。当然、陽向も同じである。


「ねえ、みなも。風神様って可愛い神様なんだね」

「風か。風はニ神一対にしんいっついの神じゃ。風の名は級長しな乃神、兄さに士都しつ乃神がおる。フワフワしてはおるが、太古神での、その力も強い」

「おーっ。風の神様は男女の神様っていうのは聞いたことあるよ。太古神といったら、アサナミの神、ユウナミの神、紗雪もそうだよね。あっ、霞ちゃんがシーナって呼んでいたのは、級長乃神だからか」

「実菜穂ちゃんが、【みなも】って呼んでるのと同じだね」


 実菜穂と陽向が笑っていると、みなもがイヤイヤと頭を振った。


「どうせ風がそう呼ばせておるのじゃろ」

「そうなんだ。みなも、風の神様のこともう少し教えて」

「そうじゃな。風の神は、豊作、富の神である一方、破壊の神でもある。風が通った後には何も残らぬからの。それ故、神々の争いがあったときには、風の神を味方することが大事とされた」

「風の神様はどのように強いの?」

「ああ、さっきも申したが、風は破壊神じゃ。強力なまでの破壊力を持っておる。それだけではない。風にはな他の神にはない特別な力があってな。その神が持っておる力を増大させることもできる。ちょうど風が波を起こしたり、船を運ぶように、その神の能力を上げるのじゃ」

「おおっー。それは頼もしいね。じゃあ、火の神様や水の神様みたいに言葉があるの?」


 実菜穂と陽向が話しに夢中になっているのを、火の神が横目で眺めている。


「あるぞ。『風とは戦うな』じゃ。風とまともに戦えば最後。神の身体といえど、傷つき、朽ちてしまうほど破壊される。それ故、まともに戦いを挑むなと言われておる。じゃがな、それもよほどの事じゃ。うまくつき合えば、己の力を高めてくれる存在でもある。のう、火の神。火と風なら相性も良かろう」


 みなもが笑いながら火の神に声をかけると、火の神はため息をついて頭を振った。その様子に実菜穂と陽向は顔を見合わせて笑った。あまりに火の神が落ち込んでいるので、陽向が助け船を出した。


「みなもとの相性はどうなの?」

「儂か?水と風じゃ・・・・・・最悪じゃ」


 みなもは苦笑いをして答えた。



 

 霞とシーナが本題の建物の前にいる。五階建てのビルだ。新築ということもあって多少の汚れはあるが、廃墟という感じはない。だが、確かに感じる奇妙な感覚は無人という寂しさだけではないのだろう。霞の眼でも明らかに、異様な気配があるのが分かった。


「明日、ここに入ってもらうよ。一人じゃないし、なにより霞には私の力があるよ。中にいるのは大した連中じゃないから」

「うん。実菜穂さんと陽向さんがいるから大丈夫だと思う。それに香奈さんとも約束したから、怖がってなんていられない」


 霞はギュッと手を握りしめて建物を見つめた。


「ちょっと、いいか」


 掛けられた声に振り返ると、驚きのあまり霞はピョンピョンと三歩飛び退いた。


「あっ、ひゃっ、ひゃあ」


 声の主は隼斗はやとだ。取り巻きはいない。どうやら見えないところに隠れているようだ。霞が言った言葉を守っているのだろう。


「なっ、なに?」


 驚く霞に隼斗は両手を手を上げ、「何も手出しはしない」という意志を示した。


「なにも怖がる必要ないだろう。この辺りで姿を見かけたから、ちょっと頼みがあってな」


 綺麗に折りたたんだメモを霞に渡した。メモにはスマホの番号らしきものが書いてあった。


「俺のチームにはあんたに手出し無用と命令しているが、なんせ人数が多いから事情を知らない奴もいる。だから、なにか因縁つけられたら電話をしてくれ。それは俺の番号だ。無駄な争いは避けたいからな」


(あ~、なるほど。それは喧嘩をしないで済むから私も助かる)


「うん、分かったよ。そうする」


 霞はメモを見つめて、丁寧にポケットにしまった。


「お前、このビルに興味があるのか?ここには入らない方がいい。チームの連中が手を出して死にかけた。俺も入ったことあるが、異様な殺気を感じた。三階で襲われたからな」

「もしかして私を心配してくれてるの?」


 霞が『意外だ』という顔をして隼斗を見ると、目をそらしてビル方に顔を向けた。


「違う。ここは一応、チームの庭なんでね。トラブル起こされたら困るからな。それだけだ」

「そうか。でも、大丈夫だよ。一人じゃないから」


 霞が笑って答えると、隼斗は霞の顔を見つめていた。まだ何か言いたげであったが、グッと言葉を飲み込んで去って行った。


 シーナはフーンと笑って見送っている。


「あいつ、面白いな」

「えっ?」

「眼だよ。あれは男巫おとこみこに成る眼だよ。そ~う言えば、同じ眼をした男が実菜穂の周りにもいたよ。成るかどうか、こればかりは巡り合わせだけどね」

「あっ」


 シーナの言葉で昼間の疑問が解けた。


(そうだ、昼間の男子の眼。隼斗さんと同じだったんだ)


 夜の賑わいの中で霞はもう一度、秋人の眼を思い浮かべていた。

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