第24話 霞と隼斗(7)

 みなもが香奈を撫でている。その手は優しい気を放ち、香奈の気持ちを鎮めていた。香奈の震えも止まった。口に出す言葉を整理する余裕ができたようだ。


 みなもの瞳が霞を見つめた。シンと静まる青色の光に霞の動揺も治まっていく。


「霞、風の巫女よのう」

「はい」


 みなもの言葉に霞は頷いた。


「この者は、お主に助けを求めておる。まずは話を聞くだけでよい。信じられぬこともあるじゃろが、余計なことは考えず、そのまま受け止めよ。それだけでよい」

「はい」


 霞の返事に優しい目で応えると姿を消した。


(なんだろう。あの瞳を見ると不安も全て消えてしまった。女の子、実菜穂さんに重なっていた神様だ。シーナとは全く違う雰囲気・・・・・・あっ)


 霞は小さくなっている香奈の背中に手を当て、声をかけた。


「香奈さん、何があったのですか。香奈さんの話しを聞かせてください」


 みなもの祓いで心が落ち着いていた香奈は顔を上げ霞を見た。その目は本当に救いを求める震える目であった。一緒にベンチに座ると、香奈が口を開けるのを静かに待った。


「信じてもらえないかもしれない・・・・・・けど、去年の今頃」


 霞の静かで木の葉を揺さぶるような優しい雰囲気に、香奈は話を始めた。



 香奈と優里は幼い頃からの友達であった。優里は小さな頃から不思議と聞こえないはずの声が聞こえるという。実際、優里が聞いたという声が現実になることもあった。例えば、地震であったり、電車や飛行機の事故であったり。香奈も優里の言葉で助かったこともあった。

 一年前に巷で噂になっていた無人のビルがある。新築のビルでありながらエレベーターが故障したり、誰もいないのに足音や物音がしたり、はては入居契約をする会社が倒産したりと不幸のビルとして噂が広まり、オーナーも管理をあきらめている状態であった。小学校の同級生がビルのオーナーの親戚であり、優里に噂の真相を確かめてもらうため肝試しを企画した。はじめ、優里は嫌がっていたが、友人に説得されて参加することになった。結局、香奈と優里を含めて五人が参加した。  

 ビルに入った瞬間から、至る所から声が聞こえると言って優里は怖がった。それでも五人は二階へと進んだが、突然明かりが全て消え、手にあったはずのライトも消えたことからパニックになり散り散りになったのだ。このとき、香奈は優里を探して上の階に行ったが、重苦しい恐怖を感じて逃げ出してしまった。優里は、この日から行方が分からなくなった。三日後、優里はビルで見つかり保護された。この日以来、優里の様子はすっかり変わり、怖がっていたはずのビルに行きたがるようになったのだ。優里の変わりように香奈は心配していたが、一ヶ月後、優里は突然行方不明となった。捜索はいまも続いており、当時、誰かに連れて行かれるように街を出ていく姿が目撃されたという。香奈は、優里は生きており、あのビルで何かにとり憑かれたのではないかと考えているのだ。


 霞は香奈の話を遮ることなく素直に言葉を受け止めていた。噂に尾鰭おひれがついたような怪談話である。みなもの助言がなければ、きっと途中で口を挟んでいたかもしれない。


 細々とした状況はさておき、たしか行方知れずとなった女の子の情報提供の張り紙を見た記憶がある。いまの香奈の様子では、嘘を言っているとは思えなかった。香奈自身も放浪神にとり憑かれていたのだから信じることができた。だが、一番の確証は、やはりみなもの言葉である。


 香奈はいままで誰にも話せなかったことを口にしたことで、気持ちが落ち着いた様子ではあるがまだ目には不安の色があった。


「私の話、信じてくれる」

「うん。香奈さんは嘘はついていない。信じるよ」


 霞の言葉に香奈の目からは大粒の涙がこぼれた。そのまま地面にひれ伏し、霞にお願いをした。


「こんなこと言えないことは分かっている。それでも、早瀬、お願いします。優里を助けてください。あなたの言うことは何でも聞きます。靴を舐めろと言うのなら舐めます。だから」


 霞の足下に頭を下げてお願いをしている。そこまで言う香奈には相当の覚悟があるはずだ。


(きっと優里さんは香奈さんにとって、大切な人なんだろうな。それに、もう私の答えは決まっている。水面の神様が教えてくれた)


 霞が香奈を抱き起こした。


「分かったよ。やってみる。だから、私からもお願い。靴なんか舐めなくていい。そのかわり、もう学校で誰も虐めないで。香奈さんは、誰よりも学校では力を持っている。その力で虐め無くして。私は優里さんを助けるから」

「分かった。あなたの言うとおりにする。私も約束する」

「ありがとう」


 霞は顔を上げた香奈の涙を拭いて笑って頷いた。

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