第19話 霞と隼斗(2)
男たちに囲まれ霞が連れてこられたのは、5階建ての雑居ビルの屋上だった。雑居ビルとはいえ、屋上はちょっとしたスーパーマーケットの広さだ。男たちの囲みが解かれた。小柄な霞がひょっこりと現れ、辺りを見渡す。
ビルの屋上。エアコンの室外機や看板が周りを囲っている。目隠しにはちょうどいい感じだ。霞の目の前には既に多数の人が並んでいた。屈強な身体の者、金属バットやナイフを持っている者、鋭い目つきで霞を睨む者、男ばかりではなく、霞と同じような年頃の女の子の姿もあった。ザッと見て50人以上はいるようだ。その殺気だった者たちが、出入口を塞ぎ退路を断ち、霞と対面している。か細い女子一人にしては随分と厚い歓迎であった。いくら腕に覚えのある男でもこの光景には恐らく足がすくむに違いない。
もちろん霞も例外ではないが、いざとなれば屋上から飛び降りればいいという考えもあり、香奈を助けたときよりかは心静かであった。なにより、シーナが側にいるのが一番心強かった。
「お前が霞か」
先頭に立ち腕組みをしている坊主頭の男が声を上げた。筋肉を這わせた身体に太い声が辺りの者たちに比べ存在感があった。
「あっ、はい」
霞が返事をすると、男の顔が緊張がとれたように緩む。周りの男たちは笑っていた。女の子もクスクス笑い声をたてた。
「おい、本当にあいつが修司を半殺しにした早瀬霞なのか」
「間違いないです。霞という中学生。修司を追っていたのを見ている者もいました。修司からも確認しています」
坊主頭が霞を確認している。目の前のやせた中学生の女子を見れば、誰もが同じことを思うだろう。
「お前が修司を病院送りにしたのか」
坊主頭の問いに霞はしばし考え込み、隣のシーナに声をかけた。
「ねえ、修司って誰だろう」
「霞がぶっ飛ばしたゴミ屑だよ」
「あーっ、香奈さんに乱暴した人。ひょっとして私、仇討ちされてるの?」
「仇討ちなんて上等なものじゃなよ。逆恨みだね。まあ、このさいケリつけてしまおうよ。後腐れ無いようにキッチリとね」
シーナがクスクス笑っている。目の前の男や女の子の笑いよりも、シーナの笑いの方が何倍も怖く感じる。
(まさかシーナ、この人たちを全員なぎ倒すの?みんな粉砕する気だ。やばい、まずいよ。何とかしないと)
「あれは、あの人が乱暴したからです。私は止めただけなんです」
霞は何とかこの場を治めようと、取り繕った。坊主頭の表情が変わった。
「乱暴をしたあ?それで修司を病院送りにしたのだろう。まあ、それはどうでもいい。あいつが弱かっただけだ。問題は、修司がチームの一員だってことだ。つまり、俺たちチームに喧嘩売ったんだよ。だがなあ、まさかこんなヒョロイ女にやられたなんてな。本当にお前がやったのか」
「やったというか・・・・・・勝手になったというか・・・・・・」
霞の答えに坊主頭は拍子抜けの表情になる。周りの者からも大きな笑いが漏れていた。
「お前、おもしろいな。これだけの人数を見ても怖がる様子もない。度胸があるのかナメてるのか」
坊主頭の語気が強まっていく。シーナが霞のやりとりを見て笑っている。
「怖いですよ。ほんとうに」
「お前、ナメてるな。まともな状態でここを出られると思うなよ」
霞があまり怖がらない様子に坊主頭の眼が怒りでつり上がっていく。それと同時に全員が笑いをやめ、殺気立ち霞を睨んでいる。
「ナメてないです。怖いですよ」
(ほんとに怖いんだよ。・・・・・・笑っているシーナが)
ケラケラ笑っていたシーナの瞳が徐々に緑色になっていく。シーナの巫女になりまだ日は浅いが、その力は強まってきていた。巫女でなければ、きっと身動きできず震え、相手のされるがままであったろう。だが、いまははっきりと分かっている。目の前の者が一斉に襲いかかろうが、シーナに一瞬のうちに蹴散らされることを。しかも、そのシーナが手を出したくてウズウズしていることが伝わってくるのだ。
「あー、本当に人って愚かだね。自分たちが生かされているということに気がつかない者がいるから始末が悪い」
「シーナ、私が何とかするから、手荒なことしないでくれる?」
「無理無理。いまの霞じゃ、相手を殺すか、遠慮して何もできないでしょ。神霊同体に成って、秒ってやつで片づける」
「えっ、もしかして全員を?だめだめ、神霊同体に成ったら建物ごと壊しちゃうよ」
「わたしを誰だと思っているのよ。力加減は、あの時、覚えたよ。こういうときは、大将をやればすむ。うーん。あっ、そうだ。さて、霞、あなたの力を試してあげる。大将はどこにいるでしょう」
シーナは笑いながら霞を眺めている。
(大将?あれ、あの声が大きい先頭の男の人じゃ・・・・・・)
霞の眼は薄く緑色に光を放っていく。
(あの男の人の色が凄く薄い。えーっと・・・・・・あれ、あそこに)
霞は前を取り囲んでいる者たちを神の眼で眺めた。大将だと思っていた坊主頭は、薄く光り存在感がない。周りを見てもそれ以上に光る者は感じられなかった。一つ一つ色が違って見える。一通り眺めるなか、奥に一カ所、強く輝く部分を見つけた。
「大将は・・・・・・あの人じゃなくて、あっ、あそこだ。あの奥にいる!隠れてる」
霞が声を上げ、強い光を感じた右端の奥を指し示した。
霞の声を聞いた男たちの顔が険しくなった。
「よくできました。じゃあ、いくよ。神霊同体」
シーナ声と共に風が屋上を吹き抜けていった。
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