第18話 霞と隼斗(1)

 霞は自分の手を見つめながら昨夜のことを思い出していた。香奈に乱暴していた男子を弾き飛ばしたこと、香奈にとり憑いていた御霊を無くした神を祓ったこと。夢か空想のように思えるが、手にはその感覚が残っていた。間違いのない記憶である。

 実際、今日とて校舎の屋上から飛び降りてきたのだ。当然、いきなり飛ぶのは怖かったので、1mの高さから降りてみた。シーナと神霊同体になった時を思い浮かべ、「エイッ」とばかりに飛ぶとフワリと着地する。これを少しずつ高くして、最後は学校の屋上の高さに挑戦をした。屋上を駆けだし、フェンスを飛び越える。真下に地面が見えた瞬間、フワッと風が身体を包み込み何事もないように着地した。はじめは不格好だった着地姿も何度か挑戦すると慣れてきて、軽い身のこなしでシーナのように着地することができた。


(私、人にはできないことができる)


 自分の手を見て改めてシーナの力を感じていた。



「早瀬、ちょっといい?」


 声をかけたのは香奈だった。昨夜より随分と顔色がいい。だけど、表情はいつもの香奈ではないように思えた。


 1階のトイレに二人はいた。この階は1年生の教室のフロアだ。当然、補講のない学年ゆえ誰の姿もない。


「昨日はありがとう。早瀬が助けてくれなかったら」


 言葉が続かずに香奈は黙り込んでいた。昨夜のことはかなりショックな出来事である。そう簡単には気持ちも落ち着かないだろうなと、霞は想像していた。


「いや、もう。私、何も知らないから。何も見ていないし、聞いていない。だから昨日のことは、誰も知らない。あっ、もう、嫌な気持ちにはならないと思うから、大丈夫だよ。あの男子もになる原因も取り除いたから。うん」


 霞は指で×印を作り、笑顔を作った。男子のことはともかく、放浪神のことは説明がややこしくなり面倒なので、言葉を濁して誤魔化した。


「ありがとう。昨日、凄く気持ちが安らいだ。早瀬が私の胸に手を当ててくれたとき、解放されたように感じたの。不思議だった。私あのときから・・・・・・」


 香奈が霞の手をとり眺めている。どうも香奈にとって、男子よりも放浪神から解放されたことの方が気になっているようだ。


「早瀬、お願いがあるの」


 香奈が霞の手を握り思い詰めた顔をする。


(なんだか気まずい雰囲気だな。こんなときにかぎってシーナがいない)


 霞の焦る気持ちを救うように、休憩時間終了の合図がなった。


「あっ、授業遅れちゃう。また、話は聞くから」


 霞は慌ててトイレを後にした。


 

 

 塾の帰りに街中をシーナと歩いている。


「シーナ、今日は香奈さんが私の手を気にかけてきて大変だったんだよ」

「へーっ、香奈は感がいいんだよ。今だから言うけど、はじめは香奈にも目を付けていたんだよ」

「えっ。そうなの?どうして香奈さんに声をかけなかったの」

「それを聞くかねー。霞、あなた恋って下手でしょ」

「あーっ、どうせ私は縁のないことですよ。香奈さんみたいに魅力ないし。それ、関係あるの?」


 霞は心の中で舌を出してシーナを見た。シーナは笑っている。


「ところで、霞。さっきから、あなたに用がありそうな連中が集まっているんだけど」


 シーナが後ろ手をくんで目配せをした。霞が気がついたときには、すでに取り囲まれていた。体格の良い男子たちだ。男子というには無理のある年上の男もいる。男ども10人が霞を囲んだ。体格の小さな霞の姿は隠されてしまった。


「早瀬霞ってんのは、お前か。大人しくついてこい」


 霞の腕をとると引っ張っていく。背中にはナイフが突きつけられていた。体格のいい男たちに隠され、通行人はだれも霞に気がつかない。


「シーナ、どうしたらいい?」


 少し自信はついてきているし、シーナも側にいることから昨夜よりかは気持ちは落ち着いている。


「面倒だからついて行こう。そこでケリつけるよ」


 シーナはヤレヤレと背伸びをして笑っていた。

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