第17話 コンクリートと夜の華(8)
霞が香奈の手を引き、ビルの裏手にまわる。人の気配はなく、ビルの中より寂しく感じた。霞の目には暗さは感じていない。色がはっきりと認識できている。香奈を見ると、男子から受けた暴力のショックが残っているようであった。霞の手を強く握って離そうとはしない。
「会ったときから、知ってたのよ。この際、霞に経験させたいから教えるけど。香奈は憑かれているよ」
「憑かれている。どういうこと?」
「放浪神よ。御霊を何らかの理由で失った神だよ。実体だけを残して、力はない。その力を取り戻すために人の御霊に憑くのさ」
「その放浪神様が、香奈さんに」
「そうよ。霞、香奈の胸に手を当ててみてよ。いまの霞なら引きずり出せるよ」
シーナが香奈の左胸を示すと、霞はそっと香奈の胸に手をおいた。膨らみを感じる手に実菜穂と陽向を思い出してメゲそうになる。
「こら、余計なこと考えるな。霞もしっかり成長してるから」
シーナが霞の耳元で集中するよう促す。シーナの言葉を受けて霞の瞳が緑色の光を放ち、放浪神を捉えた。香奈が一瞬、ビクッと身体を震わせると、瞳の光に惹かれていくように霞を見つめている。
「霞、見えるでしょ。香奈の中に潜んでものが。そいつが放浪神。人の御霊にとり憑き、力と時間を奪っていく奴だ」
腕を通して香奈の中にいる者の姿が見えてきた。白い物体。大きな目がポッカリと抜け落ちたような顔。飢えと乾き、渇望する表情の白い影が見えた。
「シーナ、これ、神様なの」
「そうよ。御霊を無くした神の姿よ。御霊を無くせば、神といえども力はなくなる。残っていたとしてもよほど強力な神でないかぎり、たいしたことはない。大人しく天津が原に帰ればいいものを、この世界に残り力を取り戻そうと飢え苦しんだあげく、人の御霊にとり憑いた神の姿がそれだ。見苦しいの一言よ」
「どうして香奈さんが憑かれたの」
「この子、大将やるぐらいだから、良い御霊持ってるのよ。まあ、それが逆に放浪神を引きつけたみたいね。詰まらぬ奴に引っかかったのもこいつのせいだ。まあ、最近増えてるんだよね。この辺りに放浪神が。さあて、どこで拾ってきたのか」
「どうしたらいいの?香奈さん、このまま憑かれちゃうの」
「祓えば、助けられるよ。霞の巫女としての初仕事をしますかね。そいつを掴んで引きずりだしなよ。そしたら、後は私が片づけてあげるよ。心配するなよ。神の世界である天津が原に送り届けるだけだから」
シーナが霞の心配事を見抜いて先に答えた。あっけらかんと言うシーナにはいつもドキドキさせられているが、このときばかりは何よりも心強く思えた。
「どうすれば、捕まえられるの」
「見えている放浪神から目を離すな。瞳で縛り付けられている。あとは霞の手を伸ばせば引きずり出せる」
霞は、白く浮かぶ影を見つめていた。逃げようともがく影は、霞の瞳の光から逃れられずにいる。実際、手は香奈の左胸を押さえてるが、霞の瞳にはその影を掴むのが見えていた。逃げられずにもがいている。
「これでいいの?」
霞が引きずり出すことをイメージしながら手を香奈の胸から離した。とたんに白い影が姿を現した。怯え、怒り、恨みを含んだ表情をしている。神であろうとするもがく白い影の姿に、霞は身を縮めそうになった。
「尻込みしないの。誰の巫女だと思ってるのよ」
シーナが素早く風を巻き起こすと放浪神を縛り付けた。
「もう、
風に巻かれた放浪神は、シーナの光と言葉を受け取ると、暴れずに大人しくなった。
「あなたは、良い子ね。優しい神だったのでしょ。さあ、帰りましょう」
シーナが天に向かい腕を上げると光と風が道を造り、放浪神を天上へと送り届けていった。辺りは静かに光を閉じていく。
霞が香奈を気遣い声をかけると、香奈はまだ霞を眺めている。気持ちが楽になったのか頬が緩んでいた。
「早瀬、私、どうしちゃったんだろう」
香奈はそのまま霞にもたれ掛かると気を失ってしまった。
「シーナ、香奈さんは?」
「心配ないよ。安心して気を失ったんだ。まあ、責任もって送ってやりなよ。行くよ。霞には私の力があるんだから」
シーナがフワリと浮かび上がると香奈を抱き上げた霞も浮き上がった。風がサッと流れた次に瞬間、シーナも霞も姿を消していた。
救急車の音が街中に響いていた。
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