第20話 霞と隼斗(3)
風が舞った瞬間に、霞は真上に飛び上がった。皆、口を開け空を見上げている。光となり高く飛んだ霞を見ているのだ。人のなせる技ではない。屋上にいる全員が白い光を目で追っている。屋上が小さな点に見えた瞬間、霞はクルリと頭を下にした。瞳は既に一カ所に狙いを定めている。フッと身体が風となり消えた。
皆はただ空を見上げていた。その中に背が低い男がいる。周りの者たちより幼い顔立ち。少年というのがピッタリだった。その少年が一瞬、鋭い空気を感じ大きく目を開けた瞬間、
(何だ、こいつは。全く気配がなかった。顎を掴まれても気がつかなかった。俺はずっと国外で傭兵部隊にいたのだ。どんや奴でも近づけば、見逃すはずがない。なのにこいつに押さえつけられるまで気がつかないなんて。この女、本当に人なのか)
少年は押さえられながらも霞から目を離さなかった。いや、緑色に光を放っている霞の目から逃れられなかったのだ。
「あなたはもう殺されてるよ。変に動かないでよ。でないと、この顎を喉から引き離すよ。分かったら頷いて」
少年はゆっくりと頷いた。
「いい子よ。そういう素直な心はあなたを助けるよ。名前は、
霞が耳元で語りかける。隼斗の身体は1ミリも動かすことが出来なかった。どう動いても助かる結果が見えなかったのだ。反撃の意志を示したのと同時に、喉元から顎が引き離される映像しか見えない。それほどの絶望的な状況なのに、隼斗の心は安らいでいた。顎を掴まれ、いつ引き剥がされてもおかしくないのに霞の瞳の光に安らぎを感じていた。とてつもない力で押さえつけられているのに、母親の腕の中にいる感じだ。死と安らぎが紙一重にありながら、安らぎの方を感じているのだ。それはまるで生まれたての子猫が手のひらでうごめいている感じ。いつ握りつぶされてもおかしくないのに、手のひらの温もりに安心して眠っているのと同じだった。
(なんだ、この霞っていう女は。何の
隼斗の瞳が霞の光を受けると身体の力が徐々に抜けていき、本当に眠りそうになった。その様子を霞はジッと見ている。
「じゃあ、もういいね」
霞が耳元で優しく囁いた。
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