第13話 コンクリートと夜の華(4)

 みなもがゆっくりとシーナの側に行くと、シーナはアイスを齧りながら目でみなもを追っていた。


「風、お主の巫女がここに訪ねてきての。実菜穂に挨拶しておった」

「良い子だったでしょ。水面の神から見てどんな感じかな」

「そうじゃな。霞という人、よくもお主の巫女になったものよのう。透明な心根を持ちながら、己の思いを貫く強さを持っておる。それ故か、恐れることなくお主を受け入れとるのう。驚くことじゃ」

「水面の神もそう思う?わたしも正直、驚いているよ」


 シーナはみなもの言葉にフーンと鼻をツンと上に向けて、横目で見ている。お気に入りで選んだ霞をみなもが褒めていることが嬉しくて、気持ちが高揚した。


「じゃが、もっと驚いておるのは、風、お主が巫女をとったということじゃ。人には関わらぬ風の神が、どういった吹き回しじゃ。たんなる戯れとは思えぬが。しかも、わざわざお披露目までするとはのう」


 その話が出ることは百も承知であった。というよりも、その話をしたかったのだ。シーナは、得意げな表情を崩すことなく、みなもを見た。


「ふ~ん。巫女をとったのは正直、気まぐれなとこ。あ~、でも、『人に関わらぬ』というのは、間違い。あれはお兄ちゃんが言ってること。わたしは、美しいもの、可愛いものは、みんな好きだよ。それが人であっても同じ」

「それがなぜ巫女をとった理由になるのじゃ」

「そうね~。可愛いでしょ、霞は」

「そうじゃな。風のように爽やかに舞う人なのじゃろう。霞は、可愛く、そして強い人よの。風よ、その可愛い人をなぜ巻き込むのじゃ。巫女になることが、どういうことか霞は知っておるのか」

「さすが水面の神だね~。の言葉は重いなあ。霞は、何も知らないよ。でも、たとえ知ったところで霞は巫女になったよ。水面の神もそう思ってんじゃない?」

 

 シーナの言葉にみなもは軽く頷いた。内心、みなもがもっと反対するのかとヒヤヒヤしていたが、言葉が少ないことに胸をなでおろしていた。


「水面の神、わたしよりも、オスマシ死神の方が気になるんじゃない?どうして巫女をとったのか。まさか、御霊を刈るのが忙しいから、お手伝いにというわけじゃないでしょう」


 シーナが死神へと視線の矛先を変える。死神は表情を変えることなく、黙ったままアイスを小さく齧っていた。


「ほらほら~、でましたよ、オスマシ死神ちゃん。いったい陰で何をコソコソやってるのでしょう。隠密行動は、モジモジ夜神だけにして欲しいなあ」


 シーナはアイスの先を死神に向けながら、迫っていく。


「死神ちゃん、あなたが刈ろうとしている御霊の持ち主は、さぞや大きいのでしょうよ。いずれ、わたしたちが巻き添えにあう前に説明した方がいいんじゃない?」

「巻き添えにはしない」


 死神が口からアイスを離し、一言呟いた。


「ふ~ん。それは無理っしょ。もう、動き出しているんでしょう、闇とやらが。オスマシだけならどうなってもいいけど、琴美という巫女はどうなるの。実菜穂、陽向、わたしの霞、こりゃ絶対、巻き込まれるよ。死神、あなたが好もうと好まざるとね」


 シーナが死神と顔を合わせると、アイスをカブリと齧った。みなもは、水色の瞳でそれを見ている。

  

「わたしは、美しいもの、可愛いものを壊されるのがイヤなの。だから巻き込まれるのなら、わたしは霞を全力で守るから」


 手を広げシーナがクルリと舞っていく。


「死神ちゃん、闇っていうのは人を守るものなの、それとも消したいものなの?」


 シーナは舞いながら背を後ろに反らし、死神を見上げた。髪が後ろにパラリと垂れ、瞳が深い緑に輝き挑戦的な色を放っていた。


「オスマシ死神が何も言わないのなら、わたしも言わないよ。ただ、好きなものを壊されて黙っているほど、わたしは、心広くはないよ」

「お主、闇とやらから霞を守るために巫女にしたということか」

「おっ、さすが、お見通しだね。水面の神だけだよ~。昔からわたしを分かってくれてるのは」

「いや、たぶん風のことは、儂が一番分かっておらんと思うぞ」


 みなもの言葉に三柱が吹き出した。緊張して張りつめていた空気が緩む。ご機嫌になったシーナがみなもに抱きついた。涼しげな空気が火の神や死神にも伝わり、和みの時を過ごした。四柱がアイスを食べ終え、一斉に声を上げる。


「当たりじゃ」

「当たりだ」

「当たりよ」

「あたり」


 笑う声が神社を包んでいた。


 


 祠の前にはアイスの当たり棒が四本並べられている。


 夜、月を見上げるみなもに、火の神が声をかけた。


「昼のおまえの言葉、あれは風の神の本心か?」

「嘘ではないのう。ただ」

「ただ、なんだ?」

「いや、奥が見えないところもあってな」

「風は昔からそうだな。つかみ所がない柱だ。死神と風の神は、闇が何か知っているのか」

「分からぬのう。じゃが、闇を良いようには思ておらぬようじゃ」

「そうか。なら、こちらも動けるな」


 火の神がみなもと同じように月を見上げた。みなもは横で火の神を瞳に移してから、視線を落とした。


(風は儂に気を使っておったのう。泣いておった。何を知っておるのか。いまは見当がつかんな)


 みなもは、当たりと印されたアイスの棒に語りかけた。

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