第12話 コンクリートと夜の華(3)

 霞は教室で補講を受けている。校舎の屋上でシーナは空を見上げていた。


「フフッ。やあっときたか。待ってたよ」


 シーナが見たのは青空に薄く降る霧雨だった。そこに光が通り虹ができた。人にとってはただの自然現象であるが、シーナにとっては意味があった。意味があるのは霧雨と光を届けたものだ。そう、霧雨はみなも、光は火の神だ。これは、シーナへのお誘い、あるいはお呼びとでもいうのか。人であれば「久しぶり。お話ししたいからこっちに来ない?」といったところだろう。霞を実菜穂と陽向に会わせたのは、これを受けるためだった。

 

 フーンと機嫌よくするシーナであったが、虹をすり抜けて舞う蝶を見た瞬間、「あーん?」と、眉を寄せ、そのまま空高く飛び上がると姿を消した。



 神社の敷地にあるベンチに座り、みなもは足をブラブラさせていた。その横では火の神が立ったまま空を見上げている。


「来たぞ」


 サーッと空気が流れると、木々の葉っぱが音を立て軽く舞った。


「わーっ、お待たせー」


 シーナがみなもの前にフワッと姿を現した。白地に淡い緑が流れた和とも洋とも言えぬ色合いのワンピース姿。下はフワッとしたスカートになっている。


「待っておったぞ」


 みなもがベンチからピョンと立ち上がった。白のノースリーブのシャツに黒のミニスカートそれに膝上まである同じく黒のハイソックスがみなもを彩っていた。髪飾りに咲く黒百合がみなもの水色の髪に止まっている。珍しく季節はずれの華を咲かせていた。火の神はといえば、Tシャツに短パン姿だ。


 みなもを見たシーナは「ウワーッ!」と声を上げ、笑顔になった。


水面みなもの神、可愛いよ。これだからわたし、水面の神が大好きよ。これはモジモジ夜神よるがみが好みそうな衣装だなあ。きっと、真似するぞ。それにしても、その華は季節はずれだよ。髪飾りの具合でも悪いの?」


 みなもを抱きしめながらクルクルと頭のてっぺんから足の先まで眺めていく。みなもは、興奮するシーナを宥めながら身体を離した。


「分かったから、風よ、離れてくれ。苦しくてたまらぬ。この華は勝手に咲いたのじゃ。儂にもなぜ咲いたのか分からぬ」


 首を傾げてみなもは、手に持っていたものをシーナに差し出した。シーナはそれを受け取り、ジッと眺めている。淡い緑色の氷菓子だ。


「実菜穂が、みなで食べろと気を利かせてくれたのでな」


 みなもが水色の氷菓子を持ち、シーナに見せた。火の神は赤色を持っている。この暑さでも溶けることなく形を保っているのは、やはり神が持っているからなのだろう。


「きれいな色だな。この色が好きだよ。可愛いよ。甘い香りがする。これは、メロンだな」


 アイスを光に透かし眺めながらメロンの香りを楽しんだ。緑がメロンであれば、火の神が持っている赤色はイチゴ、みなもはソーダの香を漂わせていた。


「あっ、そう言えば、あのオスマシはまだ来てないの?見かけないけど。自分から誘いだしておいて待たせるなんて、オスマシなのもいいところよ。まあ、そんじゃ、お先にいただきまあす」


 シーナは「呆れた」という顔で目を大きく開け、アイスを口に含んだ。みなもと火の神は、アイスを口に咥えたままお互いの顔を見て頷くと、シーナの後ろを指さした。

 

「フフフーン。ウン?」


 シーナがアイスの味に満足してご機嫌な顔で後ろを振り向く。


「あっっ、ひゃやっ、ひゃあ」


 驚きの叫び声をあげ、飛び退いた。口を大きく開けたことで、危うくアイスを落としそうになり、お手玉のようにして掴んだ。シーナが目にしたのは紫色のアイスを口に含み立っている死神しがみの姿である。胸あての甲冑をつけての袴姿。細く美しい手がアイスを持っている。


「ああーっ、オスマシ。なによ。後ろに立つのやめてくれない。危うく御霊引き抜かれるとこだった」


 シーナが胸に手を当てながら、みなもの方にツツツーっと寄っていく。みなもはアイスを咥えたまま横目でシーナを眺めていた。


「フワフワが、私の前に来ただけ」

「あっー、でたでた。そのオスマシ顔。ほんとう、変わらないよ。その顔で御霊抜かれたらさぞかし怖かろうに」

「いらない。フワフワな御霊は迷惑なだけ」

「それはいい。有り難くその言葉を頂くよ」


 アイスを齧ったシーナがベーっと舌を出した。その表情は、四柱の中で一番幼く見えて可愛らしい表情だった。ここにいる神は、みな同じ年だ。もし、人がこの光景を見ることができれば、きっと仲のいい男女のグループが涼をとって楽しんでいるように見えるだろう。それなりに楽しんでいるのが、場に放たれた空気からも伝わっていた。


 みなもと火の神は二柱のやりとりを少々呆れ顔で見ていたが、アイスの中ほどを齧ったみなもが声を出した。


「風よ、来てもらったのは、ちと聞きたいことがあってな」


 みなもの瞳が水色に輝く。


「あー、なーんでしょう」


 瞳を緑色に光らせ、みなもの言葉に満面の笑みで応えた。

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