第14話 コンクリートと夜の華(5)

 霞とシーナが夜の街を歩いている。時刻は9時をとっくに過ぎていた。遊んでいたわけではない。塾の帰りなのだ。入塾して間もないが、霞の勉強意欲は日々向上していた。シーナは霞に付き添いながら、街をあちこち見て楽しんでいる。


 街はまだ夏休み期間中であり、この時間でも大人だけということはなく、霞と同じ位の子供もチラホラ見かけることができた。多くは塾帰りであるが、遊びという姿の子もいる。


「シーナ、巫女ってどんなことすればいいの」

 

 霞が横にいるシーナに声をかけた。シーナはみなもが身につけていた色違いのミニスカートをひらめかせている。人には見えていないが、霞には当たり前のように見えていた。少し小柄なシーナのスカート姿は、可愛く見える。悠々と霞の横についてフワフワと飛んでいるのに、誰も気がついていない。不思議な存在である。


 霞はといえば、シーナとのつき合い方にも慣れてきた。会話は独り言ではなく、心通じ合うように自然とできるようになっているし、シーナの気持ちも分かるようになった。


「どうしたよ、急に。巫女のこと気になる?」

「気になるよ。実菜穂さんと陽向さん。二人に会ったけど、落ち着いている感じ。二人が巫女になったのは本当に最近なの?」

「そだよ。数日も変わらないよ。ただ、神に触れた時間は霞より長いだろうね」

「そうかあ。なんかそんな感じしたんだよね。でもそれなら、ちょっとどころか、かなりお姉さんな感じだね。凄いな」


 霞がニへっと笑ってシーナに目を向けると、シーナは「あっ」と前を指さした。


「霞、あそこに大将がいるよ」


 シーナの指先には香奈がいた。私服の香奈は制服姿よりも大人っぽくそれでいて華やかであった。雑多の街中に華を添えている感じだ。高校生くらいだろうか男子と一緒だ。デートしているようにも見えるが、どことなく落ち着かない感じにも見えた。シーナは何か見通した感じでフーンと笑みを浮かべている。


「霞、わたしの巫女のお仕事教えてあげるよ。実戦てやつ」

「えっ」

「あの大将について行こうよ。ちょっと腹立つもの見られそうだよ」


(腹立つもの見てもなあ。シーナ、まだ香奈さんのこと怒ってるのかな)


 シーナの言葉を変だなと思いながら、香奈の様子を見た。最初は緊張している様に見えた香奈は、何か怖がっているようにも見える。


(あれ、デートじゃないのかな?)


「ねえ、シーナ・・・・・・」


 シーナを見た霞は言葉を理解した。シーナが不機嫌な顔色をしているのだ。その矛先は香奈ではない。相手の男子だ。霞とシーナは、香奈を追っていった。


 香奈の行き先は暗く目立つことのない場所にある廃墟ビルだ。そこに二人は入って行った。いや、入っていくというよりは、最後は香奈が連れ込まれるように引っ張られていた。



 微かに外の明かりが入る一室の片隅。香奈が壁を背にしている。目の前には男子がいた。長髪で睨みのきく目をしていた。普段はその様子を見せないが、いまは香奈に牙をむけていた。体格もよく、覆い被されば香奈は完全に隠れてしまった。


「止めて。やだっ」


 香奈が声を上げ身を縮めている。嫌がる香奈の腕を押さえつけると顎を持ち上げ無理矢理キスをした。


「いまさら、嫌じゃねーだろう。二回、三回、やりゃー、お同じだろうが」


 怒鳴り声とともに、香奈の頭を後ろの壁に打ち付けた。


 ガッと鈍い音と共に香奈の顔が痛みに歪んだ。香奈の服の下から男子の手が入ってくる。ブラの下から潜り込み、胸を直に掴みにかかった。


「いや!」


 香奈の目が大きく開く。男子の手が香奈の頬を叩いた。


「いや、いや、言いながらいつも最後は声でてるだろ」


 男子の乱暴な声と手が香奈を責め立てた。服が引きはがされていく。小さな抵抗の火が消えかけていた。怖さで声もなくなり、ただ男子の思うがままに身体を預けていた。


 その光景を霞は見ていた。あの香奈が自分と同じに服から肌をさらけ出し、震えている。暗がりでもハッキリと見えた。色の違い、息づかい、血の流れ。神の眼が霞に全てを見せている。小さな華に襲いかかる魔物。その悍ましい姿に霞は震えていた。声も掛けられず、何もできない自分がそこにいた。


「あ~あ。こうなるとは思ったよ。ほんとう、胸が悪くなるよ」


 シーナが不機嫌な声を上げるとピーンとした空気が張りつめていく。


「シーナ、香奈さんが」


 声を上げることもできないでいた霞が、助けを乞う目をシーナに向ける。霞の視線に気づいたシーナは、ポカンとした顔で見返した。


「霞、なに震えてるのよ。あなた、わたしの巫女だよね」

「えっ、あっ」


 霞がウンウンとシーナの言葉に頷く。


「巫女なら、わたしのいまの気持ち分かるよね。目の前のゴミ屑を消し飛ばしたいんだけど。いいかな」

「えっ」

「『えっ』じゃなくて、あれ、二人が楽しんでいるように見えるの?」

「いや。なんか、一方的で嫌な感じ」

「なら分かるよね」


 シーナの瞳が鈍く光った次の瞬間、足下にあった石が音を切り裂き香奈を覆う男子に飛んでいった。


 パスーン!


 飛んだ石はコンクリートの壁に当たり、乾いた音と共に粉砕された。その粉々に砕けた石の破片が男子の顔に突き刺さっていった。


「ぐぁああ!」


 男子の濁った叫び声がフロアに響いた。


 シーナの瞳はまだ鈍い光を放っていた。

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