第2話 風の神と濡れた服(1)
夏の日が高く昇り始める。夏休み終盤、夏日が名残惜しいというにはどうやら早く、気温はグングンと上がっていく。
「だ・か・ら、
「ああ、すまぬ。儂はもう消えはせぬ。ほら、祠もこの日御乃光乃神の社に移してもろた」
みなもが笑顔を見せ、童子を
みのもの言葉に納得がいかない絣の神は地団駄を踏み、さらに訴える。
「あっしは、この織物を水面の神に奉納しようと川辺に行ったのじゃ。そしたら、祠が消えていた。壊されたのかと心配したぞ。あちこち探したら、噂で水面の神が天津が原に引き上げると聞いた。もう、心配で心配で。河童にも天狗にも声をかけて、やっとここにたどり着けたんじゃ」
「本当にすまぬ。心配かけたな。もう、儂は消えはせぬ。ここにおるからの」
「水面の神が消えてしもうたら、あっしはどこにこの絣を奉納すればよいのじゃ。水面の神が受け取ってくれるのが、あっしがおる理由じゃ。水面の神がおらねば、あっしも消えるぞ」
絣の神は涙混じりで訴えていた。どうやら以前にみなもが祠の取り壊しをきっかけに御霊を返そうとしたときのことを言っているようだ。駄々をこねているようであるが、みなもを心配してあちこち歩きまわってようやくここまでたどり着けたということはよく分かった。それ故、みなもは何より絣の神を大切に思い、姉のごとく宥める。
「お主は消えてはならぬ。人はお主を崇めて絣を織るのじゃ。それで伝統の織物が存在しておる。お主が授けてくれたこの絣、儂は好きじゃ。じゃから、姉さにも渡しておいたぞ」
「ああ・・・・・・っ。いま何と言うた」
みなもに抱きついていた絣の神はヨタヨタと足を絡ませるとその場にペタリと尻餅をつき、口をパクパクさせていた。
「おう、じゃからお主が授けてくれた絣を姉さにも渡した。『丈夫で美しい』と気に入って喜んでおった」
「あっ・・・・・・あれを
絣の神は恐れ多いとみなもを見上げて震えている。
「そうじゃ。お主の織機と人の手が生み出した絣じゃ。美しくそれで丈夫。姉さもお気に入りと持っておる。今度の
みなもの手が優しく絣の神の頭を撫でると、泣いていた瞳がパッと明るくなった。
「本当け?あっしの絣を水波野菜乃女神様の妹たちに・・・・・・水面の神はここにおるのだな。あっしは、ここにくれば会えるのだな」
「そうじゃ。儂はここにおるぞ」
みなもの言葉にようやく安心した絣の神は、抱きつき納得して祠をあとにした。
その光景を火の神は、笑いをこらえて見ている。火の神が笑うのも無理はなかった。みなもがホッと一息つくと、絣の神のあとには河童がみなもの前に立っていた。みなもが笑みを浮かべながら河童の後へと目を移すと、『いっ』と顔をひきつらせたのだ。河童の後ろに延々と続く列。列をなすのは小さな田の神、
(いかん。これでは、キリがないのう)
みなもは笑いをこらえる火の神をチラリと見ると、耳元に顔を寄せ囁いた。スッと火の神の頬に涼やかな空気が伝わる。
「すまぬが本殿を貸してくれぬか。これではキリがない」
みなもが申し訳なさそうに頼み込む姿に火の神は笑い、皆を本殿に招いた。みなもが集まったものに事情と礼を述べたことで納得して帰って行く。すべてのものが鳥居をくぐり出るまでみなもは優しく見守り、送り出していく。最後尾の蛙の神が出て行く頃には、日はもう落ちていた。フーッと息をつき、その場にペタリと腰を落とすと、みなもは空を見上げた。
「ああ・・・・・・今日はいったい、何じゃったんじゃ」
呆気にとられ空を見つめるみなもを、火の神は強くそして柔らかい瞳で見つめていた。
夕暮れの風がサーッとあたりに流れる。みなもの艶のある髪がゆるりとなびき、夕日の輝きを受けて光る。その姿はみずみずしく美しい女神のものであった。ただそれだけなのになぜか周りは潤い、安らいでいく。神も人も動物、植物までも。不思議な存在である。
遠くから女の子がニッコリと笑みを浮かべて、二柱を見ていた。
「今日は動かないで大人しくしてくれて、ありがとう。おかげで私も良い子を見つけたよ。また来るね」
女の子はフワリと宙に浮くと姿を消した。
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