みなものみたま 3  〜風を纏うもの〜

水野 文

第1話 プロローグ 夢の中の少女

 昼間の熱気もなかなか冷めることがない夜。エアコンが程よく利いた部屋で、早瀬霞はやせかすみは寝返りをうち浅い眠りについていた。中学3年の受験生となれば、夏休み後半には補講がある。明日は登校日ということもあり、寝つけない夜であったが、悩む心も疲弊しきってようやくまぶたを重くした。肌は軽く汗をかいており、ショートの髪もその汗で湿り気を含んでいた。


 夏休みに入ってから、霞は毎夜同じ夢を見た。同じと言うのは正確ではない。パターンは違うが、巨大な怪物と少女が戦う夢を見るのだ。実際、いまもその夢を霞は見ていた。


 山の中に広く開けた場所がある。木々の緑に囲まれ、湖があり、湿地がある。少女が空を自在に飛び回る。長い髪はツインテールの型になっており、身体を左右に捻り、宙返りする度に綺麗な弧を描いた。服装には見覚えがあった。紺のブレザーに朱色のネクタイ。城北門高校じょうほくもんこうこうの制服だ。制服を纏った少女の両手からは銀色に光る鎖が伸びていた。鎖を変幻自在に操り戦っているのだ。戦っている相手は、四体の畏敬いけいの怪物。一つは炎を纏った巨大な鳥。もう一つは巨体をくねらせて天に舞う龍。少女は右腕から伸びた鎖を鳥に巻き付けると、身体を捻り、地面へとたたきつけた。鳥はそのまま動きが止まった。すかさず左手から伸びた鎖が龍の身体に巻き付いていく。頭から尾まで鎖が巻き付くと左手の鎖を切りとばした。少女の手にはすぐに次の鎖が現れた。宙を舞っていた龍は全身の動きを止められ、そのまま地面に落ちると土埃を舞い上げた。


 二体の怪物を鎮めたことで一瞬、間があく。まだ少女の後には巨大な白い虎、蛇と亀が一体化した怪物が山地から睨んでいる。どちらもその大きさは人を圧倒していた。二体の怪物が少女との間合いをはかっている。その隙に、少女は霞の方に宙を舞いながらスッと近づく。怪物と戦っていた時に見せていた険しくも美しい表情から、優しいながらも悲しげな表情で霞を見つめる。


「お願い。あの子を間違った道に行かせないで。闇に落とさないで」


 少女がそう伝えた瞬間、後から巨大な虎が襲いかかってくる。空気を裂くうなり声と地を駆けて伝わる地響きに、霞はビクリと身体を硬直させていた。少女は霞を守る為に宙に舞うと鎖で輪を作り、虎の首にかけた。ちょうど首輪をひっぱる状態になる。明らかに虎と少女では大きさが違った。それでも少女は虎を引きずり、霞から遠ざけていく。超大型ショベルで掘り返したような爪痕が堅い地面に刻まれていた。恐る恐るその地面に触れようとした瞬間、光が霞の身体を包み込んだ。


 ハッと目が覚めてあたりを見渡す。視界には見慣れた部屋の天井が浮かび上がり、じんわりと汗が浮かんだ体にエアコンの風がサラリと通り抜ける。時計を見れば4時を示していた。


「またあの夢を見た。いったいあの人は誰・・・・・・。声、どこかで聞いた気がする。・・・・・・学校、行きたくない」


 霞は寝返りを打ち眠れぬまま朝を迎えた。

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