第18話死神篇(18)

 (7)

 結城真美は、裁判でこう陳述した。田代貢に脅迫されてマンションに呼びつけられて仕方なく向かった。そして、強姦されそうになり、もみ合ってるうちに真美が、突き飛ばした。田代貢は落下。弁護士の計らいで、何とか、裁判では正当防衛という形をとった。法の裁きは受けずに済んだ。

 だが、マチルダは目をつぶっていられなかった。なぜ、ゴキブリ野郎でも殺されてもいいのか? 納得いかなかった。悪は悪でも人間には違いない。人間が人間を殺めてはいけない。しかし、売られたケンかを買う必要があるのか? 悪者とは、距離をとれないのは否めないが、だからといって死を与えていいものか? 母さん、私は、間違っているの? 教えて、母さん? 

 真美が、喫茶セシリアに無事帰ってきたとき、佐代子は喜んだ。まるで、自分の子供が戻ってきたように優しく接した。真美は、悪びれたところもなく、瞳が、少し笑みを持ち合わせているみたいに見えた。そうして、マチルダは、別の目線でモノを見ていた。真美は、死神だ。彼女の手にかかったら逃れようがない。視線を送るだけで、ひとを狂気に導く。

 なかなか、ふたりきりになる機会が訪れなかった。幻視にしたとしても、マチルダは、フィルムのように一部始終を見ていた。これは、明らかに殺人だ。おそらく、銀八も同様の手におちたのだろう。死神による催眠殺人だ。危険だ。真美のタガが外れたら、抑えようがなくなる。誰の手にも止められない。佐代子だけが安心しているらしく、真美にもマチルダにも今夜は早く寝なさいといわれ、ベッドに横たわった。

 その真夜中に、『稲妻』のゴキブリどもが、喫茶セシリアを爆爆しい排気音を立てて周りに群がった。外気の様子を、マチルダは、幻視のイメージをここでも見た。窓を開けたくなかったからだが、自然に物事は見えた。

 幻視は模様をうつした。『稲妻』はバイクを転がし、恐怖心をあおった。

 いきなり強風が、渦潮のごとく巻き起こり、突然と、漆黒の闇から、巨大な幻影が降臨してきた。

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