第10話死神篇(10)

 松林の中で、暴力グループ、『稲妻』の一人、”爆弾”の異名を馳せた若い男が、枝にひもを巻き、首つりをしでかしたのである。マチルダは、その男に目を付けられ、言い寄られていた。突き放しても、執拗に迫ってきた。まさか、屠るわけにもいかない。適当にあしらうほか、すべはなかった。

 気分がふさぎ、別の街に移ることも考えたが、また、ほかの銀蠅が、気持ち悪い声で誘ってくるだけだ。ママの佐代子に相談しようかと、思い悩んでいると、あのおとなしい真美が、マチルダに切り出してきた。

「マチちゃん、私は味方よ。何とかしてあげるわ。けりをつけてあげる。心配しないで」

 真美が、優しく励ましてくれたので、幾分か楽になり、気持ちが切り換えられた。

 そして、そのさなかのこの騒ぎだ。

 街の人間は、肝がつぶれた。そして、少しばかり、安堵ももたらされたものだった。街の荒くれ者が、一人減ったからだ。

 警察は、自殺、他殺両方面で捜査すると明かしたが、結局のところ、時日が経つだけで、何も解明できなかった。

 街の人間は、アリバイを聞かれたが、特に怪しいものはいなかった。もちろん、マチルダも、重要参考人として、アリバイを聞かれたが、ママの佐代子がアリバイを証明してくれた。

 動機もマチルダは探られたが、その男は女のちからで持ち上げられるほど軽量ではなかった。

 爆弾の名を馳せた若者は、成田銀八といって、すぐ、カッと頭に血がのぼりやすい体質の男だった。だから、恨みを持つものは案外どこにでも転がっているように思えた。

 それで、他殺という面も視野に入れられたが、警察は、あっさりと自殺と断定した。事件現場は、自殺したとしか推測できなかったのだ。

 暴力グループ『稲妻』は、騒ぎ始めた。リーダー格の男、田代貢が、警察署に乗り込んで、訴えた。田代貢の言い分は次のようだった。

「おかしいよ。銀八はスケとヤレるって喜んでいたのによう。そんな奴が簡単に自殺するかなあ? それに遺書もねえし。自殺する動機が見当たらねえんだよう。ちゃんと調べてくれよう。俺たちだって、税金納めてるんだぜ」

 警察は、けんもほろろに追い出した。そして、納得させるようにいう。

「自殺するものは衝動的に死ぬ。現に、成田銀八の足元には台座が転がっていたじゃないか。銀八も女に振られて、ショックだったんだろう。すぐに、カッと来る奴らしいからな。その女は誰なんだい? 銀八と寝る女なんてこの街にいるのかい? 間接的に女に殺されたんだろう。幽霊ってやつにな」

 田代貢は、怒りまくった。『稲妻』のメンツにかけて、誰かを犯人に仕立て上げようと考えていた。その場では、寂しい背中を見せた、田代だった。

 それで、事件は霧のように見えなくなった。

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