第37話 壊血病と缶詰

 新大陸へ入植し始めてから18年が経過した。入植すぐに生まれた子供もいまでは立派な大人になり、商会でも頼りになる労働者として働いている。


 モルガン商船にもそんな若者たちが遠方との貿易での一獲千金を夢見て入社してきており、僕としても責任重大だなと感じている。

 いまは航行訓練のため新大陸と本国間の航路のみとしているので片道10日ほどの航海となり壊血病にかかる船員はほぼいないが、今後香辛料などを求めて遠方への航海を始めるとビタミンCの欠乏による壊血病の発生は不可避である。ジェームスさん曰く遠方への航海だと船員が半数以上病死することもめずらしくはないとのこと。

 未来のある若者が病気で死んでしまうのはなんとしても避けなければいけない。


 そういうことで僕は彼らが訓練を積んでいる間に壊血病対策を練っていた。

 壊血病はビタミンC不足が原因であることは前世の知識で分かっている。今の一般的な船員の食事は堅パンやビールが主で、たまに塩漬け肉、豆のスープ、オートミールなどが支給されるらしい。

 新鮮な野菜はすぐに腐ってしまうので支給などされない。これではビタミンCの接種などできないだろうし、そもそもこんな食生活では慢性的な栄養失調になってしまうだろう。


 まずは最も危険な壊血病対策からであるが、これは幸い前世の知識があったのですぐに対策が思いついた。それはレモンやライムなどの柑橘類とキャベツの漬物である。これは前世の壊血病対策でも効果が実証されている食料たちだ。ライム野郎とかキャベツ野郎という海軍の罵倒の語源にもなったとかで憶えていた。

 キャベツの漬物はビタミンC含有量的にはそれほどではないが、保存が効くし毎日食べさせれば予防になる。正直時間が経ったものは好き嫌いが分かれそうな味だが、船長など偉い人が率先して食べてみせるようにと命令した。

 ただキャベツの漬物が壊血病に効果があるとは伝えたが、船員たちはそれでも半信半疑だった。仕方がないのでエルミアさんたち商会の魔術師が特殊な薬を作ってこれに混ぜているのだと嘘を伝えるとやっと納得して食べてくれるようになった。


 また基本的な食料の問題にも着手した。

 真水が確保できないため彼らはビールを飲料水として飲んでいるが、ビールも長期的な航海となるとそのうちに傷んでしまう。そのためモルガン・ウォッカを始めとした蒸留酒をあわせて積荷に入れ、ある程度薄めて飲むようにと伝えた。これは紅茶などが確保できたら置き換えたほうがいいが、とりあえずはこれで大丈夫だろう。


 あとは食料であるが、新しく缶詰工場をニューヨークに建設した。これで食料の長期保存ができるようになる。肉や魚の油漬けや柑橘類の糖蜜漬けの生産を開始した。

 ただ製造機械がないので缶に封をする作業が手作業となり一日50缶ほどしか生産できなかった。そのためとりあえずは遠方へ航海をする船向けの生産とした。

 あと缶切りもちゃんとセットで生産したので海上で開けられなくて困るということはないだろう。


 そのような思いつく限りの対策をした後、モルガン商船初の遠方の航海へと彼らを送り出した。

 その後彼らが帰ってくるまで毎日気が気でなかったが、一年後大量の積荷とともにほぼ全員が無事に帰還した。一部の病人も傷んだ食材を食べての食あたりだったようで、壊血病での死人は一人も出ない状態での帰還となった。


 これはこの時代での快挙だったようで、海運関係者には一大ニュースとなった。

 いったいどうやったんだとジェームスさんにも聞かれたので、キャベツの漬物を毎日食べさせたんですと正直に伝えたが狐につままれたような顔をしていた。まあ自分もビタミンCの存在を知っていなければそうなると思うので気持ちはわかる。


 そのうちモルガン商船の皆に伝えた嘘の薬の存在が噂で出回るようになり、問い合わせが殺到するようになってしまった。

 背に腹は代えられないとモルガン商会は新規で食品工場を建て、毎日大量にキャベツの漬物を出荷することになったりしたのであった。

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