第26話 鉄とコークス

 戦争特需により鉄鋼業を中心に好景気に湧く新大陸。

 今が稼ぎ時と鉱山都市にも続々と人が集まり、町からは鉄の精錬のための火の煙が一日中もくもくと空に上っている。


 そんななか僕はとある悩みを抱えていた。

 なにかというと鉄の増産に伴う木材及び木炭の消費量の激増の件である。


 需要に答えるため商会の林業部門を拡張するのはいいのだが、木材資源は植林をしたとしても成長には当然長い時間がかかる。

 植林はもちろんのこと魔術ギルドに依頼して木々の成長の促進をさせたりと緩和には取り組んでいるが、それを上回るペースで森が切り開かれており、住処を奪われた動物や魔物からの被害も明らかに増加してきている。


 新大陸はそれでも森林資源は豊富であり当面は大丈夫そうではあるが、なんにせよこのペースで森を切り開くと将来的にまずいことになるのは確実である。


 鉄の生産にて特に木材資源を消費するのは精錬に利用する木炭である。

 鉄鉱石から得られる鉄は酸化鉄であり、その酸化鉄から酸素を分離するために炭素を利用する。高温で熱することにより炭素と酸化鉄の酸素を結合させ二酸化炭素として分離するのだ。それを繰り返すことで純度の高い鉄が精錬できる。

 現在はその炭素部分に木炭が使用されている。そのため鉄の生産には大量に木材資源が必要となるのだ。


 そんな状況を解決するべく、僕の前世知識でなんとかできないか考えていた。

 おそらくこの問題を解決する鍵は「石炭」である。歴史を取り扱うゲームなどでも鉄の精錬には木炭ではなく石炭を消費していた記憶がある。


 ただトラヴォグに精錬に石炭を使えないのか聞いたところ、試しに石炭を使ったことはあるがなぜか鉄の品質が悪くなるためあまり使われていないとのこと。

 前世のなにかの本で製鉄にはコークスという石炭を加工したものを使われると記載されていた記憶もあるので、石炭にはなにか鉄の品質を悪くする原因があるらしい。


 こういう困ったときには優秀な研究員たちの出番だ。さっそくエルミアさんに聞いてみることにした。


「た、たぶん硫黄ですね。せ、石炭には成分として硫黄が含まれるので……」

 どうやら石炭には炭素の他に硫黄が含まれており、それが鉄の精錬を邪魔していると予想されるらしい。どうしたものか。

 石炭からその硫黄の分離などをできないのかと聞いたところ、石炭を蒸し焼きにすれば硫黄の分離ができるはずとの回答を得られた。この操作を乾留というらしい。木炭の製造方法などにも使われている手法だ。


 その後、石炭からの硫黄の分離についての研究を進め、乾留によって無事分離することに成功した。おそらくこれがコークスと呼ばれるものなのだろう。

 鉱山都市でも実際にそのコークスを利用して鉄の精錬をしてみたところ十分な品質の鉄を作ることができた。これで木炭から石炭への転換ができそうだ。


 ◇


 その後燃料の問題が解決したことで鉱山都市ではさらなる鉄の増産が可能となり、合わせて石炭鉱山も大量に開発されることになっていった。


 本国へもこのコークスを利用した製造法が広まり、これにより本格的に鉄鋼業の時代が始まることとなったのである。

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