デッドマンズ・ギャラクシー・デイズ
両目洞窟人間
デッドマンズ・ギャラクシー・デイズ
バンドをやめた。
正確には顧問と喧嘩してやめさせられた。
軽音楽部の大会に出るためのバンドに入らされた私は嫌々コブクロばかり弾いて、あるとき、我慢の限界が到来して「私はバンドがやりたかったから軽音楽部に入ったんであって、軽音楽部の大会とか知らないですし、コブクロとかやりたくないんすけど」って言ったら「やる気の無いやつはいらないよ」って「あ、そうですか。」でやめた。
そしたら軽音楽部での居場所が一気になくなった。
仲良かった子とも話しづらくなったし、部室代わりの音楽室にも入りづらいし、学校にギターも持ってくること無くなって、家で弾くこともどんどん減った。
そもそも自称進学校で、宿題とテストの量は異常だから、部活なんてやってる暇無かったし、って私は言い聞かせて、家と学校を往復するだけの日々。
超つまんねえ。
たまにTSUTAYAに行くけど、CDコーナーを見るのもなんか嫌で、走るゾンビが出てくる『ドーン・オブ・ザ・デッド』と『28日後・・・』を繰り返し借りては見ている。
私も同じようなもんだ。
チャリに乗るゾンビってだけ。
バンドをやめて一気に友達が減った私は昼休みも一人。
窓際の席で、カーテンに透けた白い変わらない風景を見ながら、MDウォークマンで音楽を聴いて、お弁当を食べてる。
轟音のギター。
叫び声のような歌声。
前の席ががたっと動く。
突然誰かが座ってこっちを向いてデカいパンを持ってにこにこしている。
別のクラスで軽音楽部、だけどあんまり喋ったことない新村くんだ。
何か喋りかけているので、イヤホンを外して「なんて?」と聞くと「さささ、バンドやらない?」って新村くんはデカいパンを食べながらそう誘ってくる。
○
放課後、ギターを背負って教室を出て、長い長い長い廊下を歩いて、教室棟の端の端にある音楽室に入る。
ドアを開けるとギターとベースとドラムの音がなだれ込む。
後輩が練習している中、同時に多くの刺すような視線を猫背ぎみに横切って、奥の壁にある小さなドアを開けると、その埃っぽい部屋は音楽準備室。
沢山のアコースティックギターと備品、鉄格子の付いた窓から黄色い光が差し込んで、一年生でねこの望月さんがイヤホンをつけて目をつむりながら、ドラムスティックで週刊少年ジャンプを叩いている。
ドラムの人(猫)はジャンプを叩いて練習するって聞いたことがあったけども本当だったんだ。
私は望月さんの邪魔をしないようにしばらくじっとしている。
ジャンプを叩く、たたぱたたぱ!って音が音楽準備室に響いてる。
目を開けた望月さんが私に気づく。
「あ、さささ先輩、こんにちは」
「ごめん、邪魔しちゃって」
「いえいえ大丈夫ですにゃ」
望月さんはイヤホンを外して、ipod miniの停止ボタンを押す。
私は望月さんの近くにある椅子に座る。椅子はがたついていて少し斜めに傾く。
「本当だったんだね、ジャンプ叩いて練習するって」
「ちょうどいいんですよ。叩きやすいですし、音も響かないですし」
望月さんはオーバルの眼鏡をかけていて、そこに差し込む光が反射して、小さな緑色が浮かんでる。
私は何を続けて話したらいいかわからなくて、ちょっと黙ってしまう。
「あの、」望月さんが切り出す。「よかったら、ちょっと合わせませんか?」
「あ、うん、いいよ」
私はギターケースからギターを取り出す。黄色のテレキャスター。
私はギターとチューナーをつなげて、ペグを回してチューニングを合わせる。
ぺいーん。ぺいーん。赤色のランプが緑に移動する。
「じゃあ、せーの」
望月さんがジャンプもぱんぱんぱんぱん!と叩く。
私もギターを弾く。アンプも繋いでないから、ちゃかちゃかしか鳴らないけど、なんとなく雰囲気を合わせる練習。
鼻歌で歌を歌う。
曲乗りが俺の仕事。キャットフードぶちまけた気分。
○
「さささ、バンドやらない?」
やけにデカいパンを食べながら新村くんは勝手に切り出す。別のクラスで、人の席で。
じっと見ていると「パン、いる?」と言ってきたので私は「あ、いらない」と言う。「そう。じゃあ、さささ、バンド、入ってよ」
「じゃあってなに。ってか、なんでさささって呼ぶの」
「小学校の頃、名前ってひらがなで書くじゃん。それで同じクラスのささきってのを、俺、"さささ"って読み間違えたんだよね。それから佐々木って名前の奴のことをさささって読んじゃう」
「佐々木なら誰彼かまわず?」
「そう、さささ」
「なにそれ」
「そういう習性なんだよ。治んないんだよね。だから、さささ、バンド入ってよ」
「だから、っていうかそんな、私ら、仲良くないじゃん」
「今から、仲良くなったらいいじゃん」
「なにそれ。きしょいんだけど」って言うと、新村くんは「あはは」と笑う。
なにそれ。
「きしょくていいから、ギターボーカルやってよ」
「はぁ、ギタボ?やだ、しんどい。ギターで一杯一杯だし」
「さささ、歌った方がいいよ。1年時の弾き語り、めっちゃ良かったし」
「え、あ、あれのどこが?」
うちの部活は一年生に弾き語りをさせる。
私はそれがとても嫌だった。
覚えているのは震えてる自分の声と緊張して上手く鳴らない弦と半笑いの部員と頭を抱えた顧問だけ。顧問はよく頭を抱えるモーションを取る。わざとらしくて嫌いだった。それを瞬間的に思い出して嫌な気持ちになってる。
「あれは歌だよ。歌」
「歌ってなにそれ」
「さささの歌には心があるんだよ。歌心。それって超強いじゃん」
「超強いって」
そう言われて、私は恥ずかしい。歌に自信なんてないし。と言おうとすると新村くんが話を続ける。
「とりあえずドラムはもう決まってて」
「誰」
「1年の望月」
「望月さん?」と思い当たる。
1年で入ってきて、みんながボーカルやギターをやりたがる中で、ドラムがやりたいですにゃ!と言っていたねこの後輩だ。
ギターやボーカルに対して、ドラムをやってる人(猫)は少ない。だから腕前はともかくとして、早速望月さんは引く手あまただったのに。
「望月さんをどうバンドに引き込んだの」
「退屈そうに、コブクロ叩かされてたのを見て、本当は何叩きたいの?って聞いたら、ミッシェル・ガン・エレファントですにゃって言うから、まじミッシェル好きなの!?ってなってそっから意気投合」
「それでバンド組むってなったの」
「望月さんの一生に一度の青春をコブクロで終わらせるわけにはいかないっしょ」
「なにそれ。で、なんで私」
「だってミッシェル好きじゃん。弾き語り、ミッシェルのGT400だったじゃん」
そうだったし、まあ好きだけど・・・・・・。と言った私の通学鞄の中にあるMDプレイヤーにはミッシェル・ガン・エレファントのライブ盤のMDが刺さっている。
○
ちゃかちゃーんと望月さんとなんとなく演奏をし終わる。
「どうでしょう」望月さんが聞く。
「私も正直、自分ので手一杯すぎて大変で。あ、でも望月さんはたたけてたと思うよ」
「そうでしょうか。まだまだ一杯一杯で」
「ミッシェルだもの。大変だよ」
「そうですよね」
音楽準備室の扉が開いて「ちゃすちゃす~」ってベースを背負った新村くんが登場。
手にはまたグミを持っていて、ぽりぽり食べている。
「もちちゃん、ミッシェルの解散ライブまじ最高だったわー。まじ泣いた。号泣よ号泣」って言いながら、通学鞄からDVDを取り出す。
ぱあっと顔が明るくなった望月さんは「最後凄いですよね!」と興奮している。
「チバユウスケも声出ないし、アベフトシの弦も切れてね。まじ映画みたいだったわ。これ、本当ありがとう」
「はい」と望月さんはDVDを受け取って通学鞄に入れる。
「あ、ちょっと合わせてたの?」
「ちょっとだけね、あ、新村くん、練習した?」と私は聞く。
「ぱーぺきよ」
「えー凄い」
「天才だからね。しかも努力型」と新村くんは冗談っぽく言ったあとに「さささは?」と私に聞く。
「ギターはソロ以外なら」
「ボーカルは?」
「歌詞はおぼろげかも」
「最悪鼻歌でいいっしょ。初合わせだし」と新村くんは私と望月さんの奥に行き、空いた椅子に座りながら答える。古い椅子だから新村くんが座った瞬間にぎしっと音が鳴る。
「ソロ、コードバッキングするんじゃだめかなあ」私は言う。
「ソロ弾く方がかっこよくない?」と新村くんは簡単そうに言う。
「そりゃそっちの方がかっこいいけども・・・自信ないし」
「自信なくていいよ。好きにやろうよ」新村くんはそう言ってまたグミを食べている。
ドアがこんこんとノックされ、ガチャっと開き、1年生の谷原くんが嫌な顔をしながら「先輩ら、次ですよ」と言う。
谷原くんの嫌な顔を見てないのか、知らない振りをしているのか、性格かわかんないけども新村くんは「たにっちゃんありがとう~」と明るく言う。
ドアが閉まって、じゃあやるかーと新村くんが言って、ベースケースからベースを取り出す。ぼーん。ぼーん。ぼーん。ってベースのチューニング。
「じゃあ、練習すっか」新村くんはそう言う。「どうする。世界変えちゃう?」
変わんないって。って私は言う。けど、本当は。
そして私たちは楽器と通学鞄を持って、薄暗い音楽準備室を出て行く。
○
バンドの最初のミーティングは高校から歩いて10分、チャリで5分くらいの場所にあるマクドナルドで。
私はコーラだけ。望月さんはチーズバーガー。新村くんはビッグマックのセットを頼む。
新村くんは席につくなり「みんな食べていいよ」とトレイにポテトをまき散らす。
私はそのポテトをつまむ。
望月さんがどうしようかなって顔でポテトを見つめていると新村くんが「あ、1年とか関係ないし、望月さんもほらほら」とポテトを勧めて「ありがとうございますにゃ」と言って望月さんもポテトを食べ始める
バンドの1回目のミーティング。と言っても、最初はそんな話から入らない。
新村くんが「なんでミッシェル・ガン・エレファント好きになったの?」って話題で回し始める。
「俺は、兄の影響なんだけども、みんな世代じゃないじゃん」
「あ、私は、」と望月さんが話し始めた。「TSUTAYAの試聴機で聞いたのが初めてですにゃ」
「じゃあ、自力でたどり着いたの?」新村くんが言う。
「はい」
「すご。望月さん音楽何好きなの?」
「ミッシェルは勿論であとは~」と望月さんはどんどんバンド名を羅列していく。新村くんはバンド名が出る度に「うお」とか「まじ」とか「最高じゃん」って反応していく。新村くんと望月さんってそんなに音楽聴くんだ。と私はコーラを啜りながら聞いている。
「さささはミッシェルなんで聞き始めたの?」望月さんによるバンド羅列がある程度終わったところで、新村くんは私に話を振る。
「私は、中学ん時の塾の先生の影響」
「へーおもしろ」
「一対一で教えて貰う塾でさ、数学教えてくれる顔色いっつも悪い先生がいたんだけど“佐々木さん、ミッシェル・ガン・エレファント好きだと思う”ってある日言われて、その帰り道にTSUTAYAで借りたのが最初」
「なんでそう言われたの?」
「えーなんでだろ。特に音楽の話とかしてなかったんだけどね」
「ふてくされてたとか」
「あー」私はよく先生に不満や怒りをまき散らしていたのを思い出してちょっと嫌で恥ずかしい気持ちになる。昔も今も変わってない。
「私、最初に借りたのが解散ライブのやつで、実はあんまり他のアルバム掘ってないんだよね」
「そうなんだ。解散ライブ、最高じゃない?」
「最高にゃんですよね。私、DVDも持ってますにゃ」
「え、まじ?最後、アベフトシの弦が切れるやつ?」
「はい」
「えー今度見せてよ」
「いいですにゃよ」
私も見たいな、って思うけども、それはなんとなく恥ずかしくて言い出せない。
そういう話していたら、トレイの上のポテトはどんどん減っていき、話も色々と脱線していく。「顧問がコブクロを演奏するように勧めてくるのダサいよな」とか「軽音楽部の大会ってなんだよ」とか「時間が経ったポテトってまずいよね」とか「生まれて初めて見た映画って何?」とか。
そんなのを話しているうちに二時間くらい経って、そろそろ帰らなきゃってなる。
店を出て、チャリに乗って、そのままみんなバラバラの方向に帰って、私は自転車に乗りながらイヤホンをつけてMDプレイヤーを再生すると耳の中でチバユウスケが「ハアロオオオ!!」って叫ぶの聴きながらペダルを漕ぐ。
○
音楽室はとても明るい。蛍光灯の明るさもあるし、窓からの光も沢山。音楽準備室の薄暗さとは全然違うなと私は思う。でも居心地がいいのは準備室だな。
前に練習していた一年のバンド「キューちゃん」が楽器を片付けている。時計を見ると17時半。私たちの練習時間は15分だけ。
新村くんが頼み込んで練習時間をもぎ取ったみたい。
音楽室の片隅では私たちの次に練習をする2年生のバンド「人間座椅子」が準備をしている。彼らは30分の練習時間。どこか睨むように私たちを見ている。
私はアンプにギターシールドを刺す。
そして音量5にする。
あんまり音量デカくすると他の先生から怒られるらしい。本当はフルボリュームでやりたいのにな。
ディストーションのペダルを踏む。ぎゃあああああんとギターの歪んだ音がする。
ぶん、ぶん。と新村くんがベースを試しに弾いてる。新村くんのベースの音が大きい。多分、5とかそんなの守ってない。
新村くんがこっちを見て、にやついている。
ああもうわかったよ。
私はボリュームを5から10にあげる。
ぎゃああああん。試しに弾いたギターの音の大きさに一瞬びびる。
けど、私は今、確実に笑ってる。
だだん。だん。だん。と望月さんがスネアドラムをなんどか叩き、椅子の高さを調整する。
望月さんの身長に合わせて、ドラムセットは全体的に小さくしなきゃいけないけども、前のバンドの「キューちゃん」のドラムの子が合わせていてくれたらしい。
望月さん、愛されているな。
「じゃあ、やろっか」新村くんは私と望月さんに言う。
私たちは、うん、とうなずいて、目線を合わせて、そして望月さんが「ワンツースリーフォー」とスティックを叩く。
○
「次のミーティングさ、音楽準備室でしねえ?」っていつものように昼休みに私の前の椅子に座って新村くんはデカいパンを食べながらそう言う。
「どこ?」
「音楽室の奥の木の扉の奥」
「そんなところあったっけ」
「あるよ」
「マックじゃだめなの?」
「曲、決めるじゃん。曲、流したいじゃん」
「あー」確かにマクドナルドで音楽を鳴らすのは良くない。
「じゃあ、明日の放課後、音楽準備室で」と言って、新村くんはデカいパンを食べながら去って行った。
音楽準備室かーとちょっとへこむ。音楽準備室がその場所にあるなら、音楽室を通らなきゃいけない。会いたくない人たちにも会うことになるだろうし、顧問に会ったら何か言われるかもしれないし。
嫌だなあ。
でも、曲は決めたい。
やる曲は決めたい。
だからその日、家に帰って私はMDで色んな曲を聞いてる。
できるかなあとか思ったり、これはできないかなあって思ったり、本棚につっこんだままのバンドスコアを開いたりする。
バンドで演奏するなら何がいいだろう。
新村くんと望月さんと私のバンド。
新村くんがベースを弾いて、望月さんがドラムを叩いて、私がギターとボーカル。
私は好きにやりたいと思う。
誰かの評価を受けたいとか、大会に出るとか、これが伝わるかなとか気にせずに、好きな曲をただやりたいと思う。
だからずっと聞いてるそのMDを持って行くことにする。
次の日の放課後、私は音楽室の扉を開ける。
同級生が練習している中、同時に多くの刺すような視線を横切って、音楽室の奥の壁にある扉を開けると音楽準備室は確かにその場所にある。
薄暗くて、埃っぽい中、新村くんと望月さんが先にいて、机の上にはMDプレイヤーと小さなスピーカー、その隣にグミが置いてある。
「うっすー」と私は挨拶をする。
二人も挨拶を返してくる。
「さささ、曲持ってきた?」新村くんがそう聞く。
「うん。やれるかわかんないけど、私はこれがやりたいって思って」と言って、鞄の中にいれたMDプレイヤーからミッシェル・ガン・エレファントの解散ライブを録音したMDを取り出す。
机の上のMDプレイヤーに私のMDを入れて、15曲目の『デッドマンズ・ギャラクシー・デイズ』を再生する。
ダンダンダンダン!とスネアドラムを叩く音。轟音のギター。叫ぶチバユウスケ。
私は緊張している。二人がやっていいよって言ってくれるかどうか。
どうしたらいいかわかんなくて、とりあえずグミを2つくらい食べてしまう。酸っぱい。
二人の顔を見る。楽しそうにその曲を聞いている。
曲が終わって、私はMDプレイヤーの停止ボタンを押す。
「どうだろ・・・・・・」
「さささ先輩、私、この曲好きです。」望月さんが言う。「大好き」
「俺もこの曲、超好き」新村くんがグミを食べながら言う。
「さささ、もちちゃん、これやらない?」
私はなんていっていいか一瞬わからなくなる。
何かが伝わるってことが久しぶりすぎて、私はちょっとうろたえる。
でも、その後にちゃんとありがとう。と伝える。
「ありがとうとかいいって」と新村くんは言う。
「やるってなったら楽譜とかいりますよね。どうやって準備しましょう」と望月さんが言う。
「あ、実はもうコピーしてて」と私は朝、登校前にコンビニでコピーした楽譜を二人に渡す。
「えー、ありがとうございます!」と望月さんは楽譜を受け取る。
「もうやる気じゃんか」と新村くんは笑う。
私は苦笑いする。
「断られてたらどうするつもりだったの」
「バンド、抜けようと思った」私は冗談で言う。
「さささってそんなに我が強かったっけ」
そうだよ。私は本当は我が強いんだよ。私も忘れてたけど。
○
最後のコードを弾き終えて、ジャーン!!って音が鳴り響く。どどん!と望月さんがドラムの鳴らして、私たちは顔を見合わせる。そして笑い出す。
あまりにクダクダな演奏で、それがとてもおかしい。
私はマイクに向かって「酷いね」って言う。
「まあ、初合わせだし。もちちゃんどう?」と新村くんは笑いながら言う。
「疲れました」と望月さんはすでに汗だく。
「やっぱミッシェルって体力いるね」新村くんが言う。
「どうする、もう一回やっとく?」と私はマイクに向かって言う。二人はうなずいた時に、音楽室のドアが開いて顧問の先生が入ってくる。
私たちの姿を見るなりいい顔はしない。まあ、大会にも出ない上に望月さんを引き抜いた私たちのことはよく思わないだろう。
顧問の先生が何か言いたそうに口を開きそうになった途端に、望月さんが「ワンツースリーフォー!!」と叫んで、また望月さんがドラムを叩いて私たちは楽器を弾き鳴らす。
相変わらずぐだぐだな演奏だ。私のギターは上手く弾けてないし、ギターソロは弾かないし、歌詞も覚え切れていないからめちゃくちゃだ。
それでもアンプから轟音で歪んだギターの音が出ている。
それがとにかく気持ちいい。
新村くんは好きなように弾いている。ベースをピックで弾き、その分厚い音が響く。
望月さんは汗だくで、必死にドラムを叩いている。
みんな演奏は走り気味で、およそ上手い演奏だなんて言えない。
それでも、楽しくて、私たちはぐだぐだな演奏を止めない。
ギターを鳴らすこと、ベースを叩くように弾くこと、ドラムを汗だくで叩くこと、叫ぶように歌うことをやめない。
私は叫ぶ。
汗が流れ落ちる。
新村くんに言われたけども、自分じゃ心があるかわからない歌を叫ぶように歌う。
聞けよ。いいから聞けよ。
あの娘のハートが揺れて動くから
悲しみはきっとそこで生まれている
加速するギャラクシー・デイズ
ロケットには"I LOVE YOU"
銀河を突き抜けて宇宙を手に入れろ
宇宙を手に入れろ 宇宙を
ジャーン!と演奏し終わって私たちはお互いを見る。
笑ってる。とても。とても。
ちょうど15分。練習時間を使い切った。私たちはすぐに片付けに入る。
次の『人間座椅子』のギターの子にアンプを譲って、私はケースにギターを放り込む。
気がついたら新村くんはベースケースを背負ってる。早い。
顧問があの例の頭を抱えるモーションをやって、既に何か言いたそうだ。
みんなの刺すような目つきも感じる。
逃げなきゃ。と思うと、1年生のバンド『キューちゃん』のドラムの子が望月さんにかけよって「望月さん、すっごくかっこよかった!」って言っている。
「あ、ありがとうにゃ」と望月さんはお辞儀をする。
それを見て、どこかに向かって私もお辞儀をする。
とりあえず練習させてくれてありがとうございました。
そして、三人そろって「お疲れ様です~」と言って、私たちは音楽室を出た。
「マックでも行く?」って新村くんが言うので、私たちは頷いて、いつものマクドナルドへ行って、いつもの席に座る。
私はコーラ。望月さんはチーズバーガー。新村くんはビッグマックのセット。
いつもと同じ。
新村くんのセットのポテトを私たちはつまみながら「顧問、絶対怒ってたね」とか「演奏ぐだぐだだったね」とか「最近見た映画の話」とか「もうすぐテストじゃん」とか話す。
で、私たちは二曲目を決めてなかったことに気がついて、何する?って言ったら望月さんが「ダニー・ゴー」がやりたいですって言って、そうしよそうしよ。って私たちは即決。 でも一曲目もぐだぐだなのにって笑い合って、じゃあ今度の日曜日にスタジオで練習しようよ。って私たちは言い合う。
時計を見ると、19時で、そろそろ帰ろうってなった時に望月さんが口を開く。
「さっきの!とても、楽しかったです・・・!」
そういう望月さんの顔はとても笑っている。
ね、楽しかったね。って私が言うと、新村くんは「なんか今、バンドっぽくない?」って言う。
バンドっぽいってなんだよって言うけども、ちょっとそれは思う。バンドっぽいな。今、私たちバンドっぽいな。
「あ、でも」望月さんがあることに気がつく。「バンドっぽいのはいいですけども、まだ肝心のバンド名は決まってないです」
「あ」
「じゃあ、さささ、なんか決めてよ」
「え、なんで私が」
「俺センスないし、ハッピーセットしか思いついてないもん」
「ええじゃあ・・・」
頭をフル回転させる。何がいいかな。でも私も今日の楽しかったことばかり頭に残ってるから。
「デッドマンズ。デッドマンズにしよ」
そう言ったら「いいじゃん」って新村くんは笑って望月さんは「えへへ」と笑う。
それでやっと「じゃあ」ってなって、私たちはばらばらの方向に自転車を走り出す。
私はイヤホンをつけて、ミッシェル・ガン・エレファントの解散ライブのMDを聞く。
次にやる「ダニー・ゴー」を聞いている時、私はペダルを強く踏んでいる。
そして、なんだか世界に祝福されている気分になる。
多分、この感覚は嘘なんだけども、それでも祝福されている気分になる。
あと人生で何回くらいこんな気持ちになるんだろう。
沢山は無い気がする。
それでも、こんな日が、こんな夜が、沢山あればいいなって思う。
それにしても『ダニー・ゴー』はギターソロが長くて嫌だなあ。ギターのバッキングだけじゃだめかなあ。
あと、日曜日に合うのか。私の私服ってダサくないかな。みんなどんな服で来るんだろう。
その時に望月さんにミッシェル・ガン・エレファントのDVDを貸して欲しいって言おうかな。
そんなことを考えながら私はペダルを踏んでる。
背中にはギターを背負っていて、その重みを忘れるくらいに、私は今、楽しいって思っている。
デッドマンズ・ギャラクシー・デイズ 両目洞窟人間 @gachahori
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ネクスト掲載小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます