6

 放課後、瑞希がまた空き地に行ってみると、桜は散りはじめていて、白い房は貧相になっていた。


 桜の前にあるベンチには、サクラがいつもと同じ姿勢で座っている。しかしその姿は、桜の花の寿命を表しているように半分透けていて、サクラの後ろの景色がうっすらと見える。


「もう時間がない」


 一目で直感した瑞希は、はじめて空き地に入った。スニーカーをキュムキュムと鳴らしながらベンチに近づいていると、草、土、少しの桜の匂いで、一瞬息が詰まった。


 近くで見ると、サクラがやつれていることがよくわかった。薄く茶色に染めた髪には張りがなく、手は白く線が細い。自分の身だしなみにかける時間や労力を削らないといけないほどのものを持っていたのだろう。


「可哀そうなことだよ」


 という湊の言葉を思い出す。確かに、この姿を見れば、誰でも同じ感想を持つだろう。瑞希自身もそれを感じているが、そんな自分自身の思いに少しの違和感も感じている。


 瑞希はサクラに手を伸ばした。こういうものに触れるのは危険なことで、軽率なことをした人間が病院送りになった話を瑞希は知っていたが、恐怖を感じなかった。はじめてのことで、実感がないのだと思う。


 サクラの肩に触れようとしたら、瑞希の手はサクラの体をすり抜けた。虚空を掴むような感覚に瑞希はつんのめり、ベンチに手をついた。


「やっぱり実体がないのか」


 と呑気な感想を呟いた直後、瑞希は自身の心中に膨れ上がってくるものを感じた。膨れ上がるというより、外からなにかが心中に入り込んで来るような感覚だ。

「……はぁ」


 一瞬息が詰まり、瑞希は反射的に大きく息をついた。体を反らした拍子に、貧相な白い房が目に入った。


「ああ……」


 息と一緒に声が漏れ出る。


「なるほどな」


 飾り気のない、生々しささえ感じるものが心中から溢れ、点滴薬のように体中を巡り、ゾクゾクと背筋が震えた。


 サクラの姿は、いつの間にか消えていた。

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