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 市内の私立大学では、地域貢献として、週末には構内の施設を有料で構外に解放している。瑞希は子どものころから、この大学の剣道場を借りて行われる剣術の稽古に参加している。


 兄弟弟子たちは瑞希より年上だったが、みんなよく瑞希に構うので、上手く馴染めていた。中でも湊という兄弟子とは仲がよかった。十歳近く年上だが、同じ高校のOBで、瑞希の兄と友人ということもあったからだ。


 稽古はいつも週末の朝にはじまり、昼前におわる。瑞希はいつも稽古がおわったら、さっさと支度をして帰ってしまうが、今回瑞希にはやることがあった。


「ちょっと聞きたいことがあります」


 瑞希は道場の玄関で雪駄を履いている湊に声をかけた。道着にリュックを背負い、肩に竹刀袋を担いだふたりは、大学裏の、川沿いの遊歩道に出た。遊歩道は散りかけの桜並木になっていて、風が涼しく、ベビーカーで子どもを連れた若い夫婦や、ランニングする中年男性などとよくすれ違う。


「湊さんが高校にいたとき、学校に来れなくなった女子生徒っていませんでした?」


 湊が在学していたころ、学校の倉庫にあったあのネイビーブルーのジャンパースカートは現役だった。


 湊に声をかけたのはそれだけが理由ではない。あの空き地のことを瑞希に教えたのは、湊自身だったからだ。


「……三年の春に中退した女子がいたな」


 そのころは行方不明案件が珍しかった上に、その女子は湊のクラスメイトだった。


「母子家庭で、母親はかなり不安定な人だったらしい」


 湊は少女と席が隣同士だった。そのためか、話をすることが多かった。


「家の近くに桜の木が一本あってね、静かになりたいときはそこに行くの」


 三年生の春が近づいてきたころ、ぽつりと少女が言った言葉を湊は覚えていた。家の愚痴のことなど、少女がいままで話してきた灰色の話題の中で、唯一鮮やかな色彩を感じていた。


「色々あって、県外に引っ越したらしい」


「可哀そうなことだよ」と、川面を眺めながら湊が呟いた言葉に、瑞希は釈然としなかった。

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