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 この国には「よくないモノ」が存在している。それらはよくない存在ばかりではなく、人間にご利益をもたらしてくれる存在もいる。


 それらすべてをひっくるめて、人々は「よくないモノ」と呼んで畏れた。


 瑞希もそれを見るのははじめてではないが、サクラのようにはっきりと見え、人間と見紛うようなものははじめてだった。


 わるい気も感じない。なぜ彼女があの空き地にいるのか、ほかのことではさほど気にしないのに、瑞希はふとした瞬間にそれを考えている。



 瑞希は学校で、クラス委員の会計を任されている。クラスから人望があるというわけではなく、立候補者がいなかったのでジャンケンで決まっただけのことだった。また、クラスの会計といっても、大層な仕事はない。クラスや教師の雑用係と言っていい。


 この日の昼休みのときも、瑞希はそんな仕事をしていた。


「倉庫に戻したい資料があるから、持って行ってほしい」


 と頼んで来た若い男性の担任教師は、午後のオンライン授業の準備へ、慌ただしく戻って行った。


 地元からの入学者が減り、多くの学校では、理由があって登校できない生徒向けの授業を増やしている。そこでは瑞希たちの担任のように、パソコンに強い若手がこき使われている。


「ご苦労様なことで」


 瑞希は、同じクラス委員の書記と、一抱えのダンボール箱をひとつずつ持って、くすんだリノリウムの廊下を歩いていた。倉庫は職員室と同じ階の奥にある。


「オンラインは忙しいし、昼間も忙しいそうだからな」


 書記の鬼頭が言う。校則通りに着たブレザーの制服とメタルフレームの眼鏡という恰好は優等生のそれだが、毛先を明るい緑色に塗り、右耳にはピアス穴を開けている。


 鬼頭はあらゆることについて早耳で、そんな話をするときは口角を片方だけ上げ、わるだくみを言うように話す。


 そんな人間と、瑞希は友だちとも腐れ縁とも言えない関係を築いている。


「昼間のクラスでも、誰それが来れなくなったとか、家と連絡が取れなくなったとか聞くだろう」


「引きこもりやらなんやら、色々と大変なことが増えてるんだな」


 というより、そんな問題がようやく注目されだしたということではないかと考えながら、瑞希はダンボール箱を膝で支えつつ、倉庫の扉の鍵を開けた。


 倉庫のカーテンは締め切られていた。薄暗闇の中で、一見雑に詰め込まれた大小のダンボール箱、イベントのプラカード、畳まれた長机などが、真っ黒な影になっている。


 電気を点け、倉庫の中を進む。物であふれた狭い道を進むと、奥の金属ラックに「数学」の分類ラベルが貼られているのをすぐに見つけた。


 開いている棚にダンボール箱を押し込む。ひどいホコリにしきりとくしゃみをしていた鬼頭は、「早く出よう」と瑞希に手振りしつつ、自身はさっさと倉庫を出た。瑞希もつづこうとしたとき、壁際に置かれたショーケースを見て、足を止めた。ショーケースの周りには、学校の歴史に関する資料が置かれている。


「ミズ、どうした」


 怪訝に声をかける鬼頭に、瑞希は返す言葉を思いつけなかった。


 ショーケースの中で、サクラが着ていたネイビーブルーのジャンパースカートが、マネキンに着せられていた。

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