婚約破棄されたあたしの正体は雪娘らしいです

浅葱

自分が雪娘とか初耳なんですけど?(完結)

「え……婚約破棄されたぁっ!?」


 仕事から帰宅して、見知らぬ美女に告げられた内容にあたしは素っ頓狂な声を上げた。



 *  *



 見知らぬ、とは言ったが美女の造作には見覚えがあった。自分の顔のパーツを全て理想的な位置に置いたらこうなる、という見本のようなもの。

 つまり。

 この美女は小さい頃あたしたち5人兄弟を置いて出て行った母らしい。

 サラリーマンで男やもめの父が「実はな……」と話してくれた内容は更にとんでもないものだった。



 この年齢を全く感じさせない美女は確かにあたしたちの母である。

 母の正体は雪女である。(はい?)

 父は元々山登りが好きで、今は亡き祖父と山登りに行った時何故か夏なのに積雪があって遭難。どうにか納屋のような建物を見つけ入り込んで夜を明かした。その夜中に母が現れ祖父の命を奪おうとしたところを父が無理矢理金縛りを解いて過剰防衛したらしい。(内容までは話してくれなかったが、母が「もう、あの夜は素敵だったわ」とか頬を染めて言っていたのでどんなことがあったのかは推して知るべしだろう)

 祖父はその時の山登りが元でしばらく生死の境をさまよったとか。(その後復活して元気になり2年は生きた)

 母は父に一目惚れしその後押しかけ女房に。そしてあたしたち5人兄弟を作ったがどうもお山の掟とかによって長年連れ戻されていたらしい。


(まんま雪女……)


 あたしは母をじっと見た。


「それで? その雪女が里に下りてきたのとあたしの婚約破棄とどうつながるわけ?」

せっちゃん冷たい……小さい頃はあんなに”ママ、ママ”ってまとわりついてくれたのに……」

「そんなのはいいから後にしてよ!!」


 泣き真似をする母にいらつく。早く本題を話してほしい。

 すると母はけろりとした顔でまた頭痛のするような話をしはじめた。



 雪女というのは本来雪男と添うものらしい。

 しかし母は父に一目惚れしその掟を破ってしまった。

 ペナルティとしてお山への奉仕(掃除などの雑事)と、自分の娘が年頃になったら雪男と結婚させることが定められた。

 無事娘が雪男と結婚すれば解放されるらしい。

 そして本題である婚約破棄された理由というのが、どうも就職してすぐに猛アタックしてきたイケメン同僚の家というのは雪男の分家に当たるという。本家雪男の嫁候補と息子が婚約してしまったということがわかり、慌てて婚約破棄させてほしいと泣きついてきたのだとか。


「それで婚約破棄、ね……」


 雪男に本家とか分家とかさっぱり意味がわからないが、あれだけアタックしてきた癖に本家の圧力とやらで婚約破棄などありえないと思う。週明け出社したら絞めてやると決意した。


「でね! 日曜日には顔合わせだからよろしくね!」

「は?」


 目の前で明るくとんでもないことをいう美女は、腹が立ったのでうめぼしの刑にしてやった。(こめかみをぐりぐりするやつである)



 翌日の土曜日、イケメン同僚が押しかけてきた。


せつ! 俺は絶対に婚約破棄なんて認めないからな! 俺と一緒に逃げよう!」


 どうやらイケメン自身も納得していないらしかった。しかし正直なところあたしはそれほどこの男を好きなわけではなかった。

 就職してすぐぐらいに「一目惚れした! 付き合ってくれ!」と告白してきたこのイケメンは社内人気ナンバー1の男で。おかげで返事も何もしていないのに女性の同僚からは敵意しか向けられず結局友達もできなかった。

 救いだったのは上司がまともだったことだ。32歳のがっちりした体格の課長はかなり落ち着いていて、イケメンや女子社員を宥めてくれたり、困っている節をたびたびフォローしてくれた。どちらかといえば毛深く野性味のある課長に節はいつしか恋をしていた。

 しかしそんな節の憧れは今年の春本社に栄転してしまったのだ。次の上司も課長に頼まれていたのか節をフォローしてくれようとはしたが、それからイケメンのアタックが激しくなり半ば押し切られる形で婚約することになったのである。


(こんなことならせめて課長に告白ぐらいするんだった……)

「会社も辞める! 節、一緒に新天地で生活をしよう!」


 勝手に盛り上がっているイケメンを、節は呆れたように見た。


「……行かないし、会社も辞めない。慰謝料もいらないから、貴方は他の人を探してちょうだい」

「そんな、節!」

「うるさーい!!」


 居間でああでもないこうでもないとやっていたら母が出てきて、どうやったのかイケメンを軽々と家から叩きだした。


「分家の鼻たれ小僧は今後一切出入り禁止!!」

「……もっと早く話を持ってきてくれればこんなことには……」


 母がイケメンにびしっと指を突き付けて追いやった後、節はテーブルに取りついてぼやいた。


「しょうがないじゃない。本当は節が大学卒業したらすぐ顔合わせさせる予定だったんだけど雪男側がしぶっちゃって。ここで相手の仕事も落ち着いたしってことで来たら節も勝手に誰かと婚約とかしてるし本当に参ったわー」

「……ってことは分家に知らせたのって」

「私じゃないわよー。本家から圧力かかったんじゃない?」


 その後顔合わせに着ていくのは洋服か着物かで母とやりあった。


「絶対着物!」

「そんな死に装束みたいなのは嫌よ!!」


 寄りにもよって雪女の正装だとかいう真っ白の着物を用意するとか絶対母の頭はおかしい。


「着物ならせめて普通の和服にして!」

「だったら振袖を着なさい!!」

「動きづらいじゃない!!」


 やっぱり押し切られる形で振袖を用意されてしまった。落ち着いた色、ということで藍色にはさせてもらったが。


(あたしって本当に押しに弱いのね……)


 節は軽く自己嫌悪した。



 翌日の昼、こういうことでもなければ一生訪れないだろう高そうな料亭で顔合わせをすることになった。

 見合い、とは違い雪男側と節は許嫁みたいなものなので断る権利は双方ともない。


(雪男っていうからには毛深いのかしら?)


 まんまイエティみたいなのが出てきたらどうしようと思いながら席に着いて顔を伏せる。すると、


「……山吹さん?」


 聞いたことがある声に節は顔をばっと上げた。


「……課長……?」

「山吹さんだったのか……これは盲点だったな……」


 本社に栄転したはずの上司が嬉しそうに近づいてくる。そして呆気にとられている節の両手をとった。


「山吹さんは、雪娘だったんだね」

「……は、はい、そうみたいです……」


 節は頬が熱くなるのを感じた。憧れていた上司が目の前におり、しかもすごく嬉しそうに節を見つめている。


「いつから自分を雪娘だと?」

「その……一昨日初めて知って……」


 どうりで自分は夏の暑さに極端に弱かったわけだ。


「そうか。私もきちんと確認すればよかったな。……山吹節さん、改めて私と結婚してくれますか?」


 節は全身が熱を持つのを感じた。雪男が憧れの上司で、しかもプロポーズされるとかまるで夢のようである。


「は、はいっ!!」


 勢い込んで応えると、彼は節の両手を持ち上げて口づけた。


「ありがとう。絶対に幸せにするから」


 節はもう死んでもいいと思った。



 その後、節の大学卒業と同時に行われるはずだった顔合わせが何故延びたのかを尋ねると、就職の面接にきた節に上司が一目惚れしたのだとか。


「もちろん僕は結婚相手が決まっていたから君とどうにかなろうとは思っていなかったけど、少しだけ夢を見たかったんだ」


 結局それで遠回りしてしまったね、とすまなそうに言う。けれど上司に抱きしめられている節はそんなこともうどうでもよかった。

 雪男と雪娘は会えば自然と惹かれあうものらしい。それでも彼が節を雪娘だと気付かなかったのは、10歳近くも離れた許嫁という存在が実感できなかった為であろう。

 イケメン同僚も節が雪娘だとは知らなかった。けれど本能が雪娘を求めたのかもしれない。勘違い暴走はやめた方がいいと思うが彼にもいい相手が現れることを節は願う。


「で、節。ヤツとはどこまでしたのかな?」


 いい笑顔で聞かれた内容に、どうやら涼しい顔をした裏で上司がかなり嫉妬していたことを知る。


「え、ええと……」

「節、正直に答えなさい」


 上司は決してイケメンではない。毛深くて野性味があってがっしとした体格をしていて、まるでラグビーでもやっていそうだ。そんな彼に節はどきどきしてしまう。上司は節の好みどストライクだったのだ。


「ええと、く、口付け、だけ……」


 実は何度も服を脱がされそうになったりしていたのをどうにか死守していたが、それは言わない方がいいだろう。

 骨も折れんばかりに抱きしめられ、唇を奪われる。そんな粗野な仕草にも節はきゅんきゅんしてしまった。


「他に経験は?」


 息も絶え絶えな節に鋭い眼差しで性経験を聞く。


「あ……ありません……」


 そう答えた節がどうなったか聞くのは野暮というものだ。



 同僚との婚約は社内に伝えられてはいなかったものの付き合っている状態ではあった為、花嫁修業も兼ねて有給を全て使い切ることになった。有給明けしたら節は本社に移ることになっている。節の業務は営業事務だったが、幸い節でなければわからないというものはほとんどなくそのまま同僚に引き継ぐこととなった。わからないことがあれば電話がかかってくるだろう。

 即日2人は婚約し(対外的に)、結婚式は3か月後になった。

 そうなったことに一番喜んだのは母で、両親はすでに第2の新婚状態であるらしい。

 また兄弟が増えるのではないかと兄たちと話したりもした。


「節、ただいま」

「おかえりなさい」


 あの日から節の家は上司のマンションになった。夕飯までは実家にいても必ず彼が迎えにきてくれる。

 さすがに式の時妊娠しているというのは避けたいので避妊はしてもらっているが、10歳差を感じさせないほど彼は情熱的である。


「節、愛してる」


 こんなに幸せでいいのかしら? と思いながらも、節は愛しの雪男の腕に今夜も捕らわれるのだった。



 LOVE LOVE HAPPYEND!


ーーーーー

かなり勢いで書いた作品です。お付き合いありがとうございました!

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

婚約破棄されたあたしの正体は雪娘らしいです 浅葱 @asagi

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ