第2話 理事長
日本三大学園とも呼ばれ、
世界的にも名の通った学園だ。
入学ができるのは
1000を超える倍率を潜り抜けた
エリート中のエリートだ。
その先の大学は選び放題、
就職先も選び放題。
入学できれば将来は安泰と言われ、
今の日本の学生達は皆、
三大学園のどこかに入る為に
日夜勉強していると言っても
全くもって過言ではない。
そして、その三大学園の一つ、
劉院学園に5月から
2年生として転校してくる
二人のエリートスパイがいた。
「…話には聞いていたが、
これは想像以上だな」
スパイ名『蛇』。
日本での偽名『
白色の髪と淀んだ灰色の瞳をしており、
身長は173cmで細身な体格。
なで肩と猫背なせいで
細身な体が余計に弱々しく見える。
目の下のクマが夜六の悪人面を加速させ、
いかにも前科者のみてくれである。
「そうね。あなたのような
ゴミみたいな人間には相応しくないわ」
夜六の隣りに並んで、
劉院学園の門の前に立っているのは、
スパイ名『蜘蛛』。
日本での偽名『
肩まで伸ばした真紅の髪と
鋭くつり上がった赤色の目が印象的な、
気の強そうな女の子である。
女の子にしてはやや高めの164cmの身長、
健康そうな白い肌色で、
夜六と並ぶとオーラの強さが違う。
「お待ちしておりましたよ。
今日から転校予定の二人ですね?」
正面に書かれた『劉院学園』の文字。
金縁で彩られたその堂々たる
校舎の風貌に二人が見とれていると、
校舎の方からやってきた男が
にこやかな笑顔を向けてくる。
青いスーツをバシッと着こなして、
ピンっと背筋を伸ばしているこの男は、
他の誰でもなく、
この劉院学園の理事長をしている男だ。
過去に倒産寸前だった企業を
持ち直させることに成功し、
34歳という若さで理事長に就任した、
紛れもないエリートだ。
「ええ、そうです。
私が水都で、隣りの彼が霧峰です。
この度は急な転校を受け入れて下さり、
本当にありがとうございます。
これから卒業までの間、
よろしくお願い致します」
その男に夏八は頭を下げ、
夜六も同時にお辞儀をする。
そんな二人の態度に男は笑い、
堅苦しいのはいいと言う。
「予定より少し早いから、
理事長室でお茶でもしないかい?
ロシアから来たっていう
二人の話を是非聞かせてほしいんだ」
夜六達が学園にくるように
言われていた時刻は8時30分。
早めに行って学園の下見でもと、
夜六と夏八は話していたが、
二人が到着した8時丁度のタイミングで
理事長と出くわしてしまった。
これが偶然か、必然か。
今の二人には判断ができない。
物腰の柔らかい理事長の言葉遣い、
清潔感のある青のスーツ、
表面化の評価は相当高いが、
こういう人間こそ、
怪しく思わざるを得ない。
「学校の中を見学、
と思って早めに来たのですが、
それは後でもいいでしょう。
理事長とお話をすることなんて、
滅多にないでしょうから、
ここは素直にご馳走してもらいましょう」
考えを決めかねている夏八の
助け舟を出すように夜六が言う。
ただしかし、忘れてはいけない。
この理事長の男も含めて、
学園にいる全員が
夜六と夏八の調査対象なのだから。
「そうですね。
せっかくのお誘いですから、
お言葉に甘えさせて頂きます」
夜六の言葉に夏八も頷き、
理事長はニッコリと笑う。
どうぞこちらに、
と言って二人を先導して、
理事長は校舎の中に入っていく。
その理事長を追いかけて、
来客用の玄関で二人は靴を履き替える。
黙って歩いているが、
二人に一切の隙がない。
廊下の床、壁、天井、照明の明るさ、
全てに至るまでを目で観察し、
情報を集めている。
「さぁ、入って」
あっという間に理事長室に到着し、
理事長が招き入れてくれる。
夜六が先に入り、
少し間を開けてから夏八も入った。
こういう室内に入る際は、
必ず夜六が先に入る。
反射速度、対人戦闘において
【POISON】の中でも群を抜く夜六が
先に入ることで、
万が一罠があったとしても
彼なら対処できるのである。
「少し待っててね。
お茶とお菓子を用意しよう」
「いえ、お茶だけで結構ですので…」
どこに危険が潜んでいるか不明な以上、
危険な要素は減らしておきたい。
お茶に睡眠薬を仕込み、
何も入っていないお菓子で
相手の油断を誘うという手口は、
もう何度も目にしている。
そのいかなる時でも、
【POISON】が騙されたことなど
一度もないのだが。
「いやいや、子どもは遠慮なんかしないで
大人の自己満足に従うんだよ」
夏八の説得も虚しく、
理事長は奥の方に引っ込む。
「それにしても、内装も立派ね」
理事長室の革のソファに座り、
周囲に視線を巡らせながら
夏八は何でもないように言う。
「これから毎日のように
ここに通えるなんて、
俺達は贅沢者だな」
夏八の隣りに腰掛け、
夜六は話を合わせる。
しかし、二人のこの会話は、
ただの誤魔化しに過ぎない。
盗聴器、隠しカメラ等がないか
目で入念にチェックした後、
テーブルの下では
ハンドサインで二人のやり取りが
繰り広げられていた。
「何か気づいた?」
「やけに照明が多い」
「そうかしら?」
「この部屋と、ここまでの廊下。
明らかに多過ぎる。
中には光っておらず、
ただそれっぽく見せているだけの
照明もどきがあった」
「あなたの推論は?」
「俺の予想では――」
「ごめん、待たせたね」
これから夜六が
大事なことを言おうとした時、
理事長がお盆を持って戻ってきた。
二人はハンドサインを止め、
理事長が差し出してきたティーカップを
両手できちんと受け取る。
両手で受け取ることによって、
怪しまれないようにするテクニックだ。
こうした心理学を応用した技も、
スパイには必要不可欠である。
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