スパイの毒はラブコメに効かない

青篝

第1話【POISON】

16歳と17歳の少年少女のみで構成された、

スパイチーム【POISON】。

成人したプロスパイが挑んでも

成功率が限りなくゼロに近い任務であっても、

彼らは簡単にクリアする。

個々の実力も然る事ながら、

彼らのスパイとしての優秀さは異常だ。

一人一人が毒を持つ蟲の名前を

コードネームとして有しており、

彼らの内の誰か一人でも怒らせると

その人物に確実に殺されると、

世界のスパイ達の中で言われている。


「――以上が君達二人に与える任務だ。

期限は君達が学園を卒業するまでの約2年。

……やれるな?」


ある国のあるビルの地下のある部屋。

高級感の溢れる黒革の椅子に座り、

アゴに立派なヒゲを生やした男は

目の前にいる二人に言う。


「…余裕だ」


一人は白色の髪と灰色の瞳を持つ彼。

瞳は濁ったような色をしている為、

例えるなら死んだマグロの目だ。

彼を初めて見る人間は、

彼が死んでいるのではないのかと

勘違いしてしまうこともある。

細身ながらもよく鍛えられた体は、

なで肩と猫背が相まって

パッと見では弱々しく頼りなく見える。

しかし、彼は男に楽勝だと答えた。

彼のコードネームは、『蛇』。


「その程度の任務、三日で終わるわ」


もう一人は肩まで伸ばした真紅の髪と

目を合わせれば殺されそうな

鋭いつり目をした彼女。

見るからに自信に満ち溢れた彼女は、

自分達のボスである男の前でさえ

堂々と腕を組んでいる。

彼女のコードネームは、『蜘蛛』。


「…いいだろう。

君達の戸籍や情報は、

こちらが既に学園に送っている。

これを確認次第焼却し、

明後日に間に合うように準備しろ。

以上、裏切りは」


「「万死に値する」」


男の横にいる女性の秘書から

それぞれ封筒を受け取り、

彼と彼女は答えた。

――『裏切りは、万死に値する』

【POISON】や男が所属する、

世界を股にかけるスパイ組織が

理念兼締めの言葉として使用している。

二人は揃ってボスに背を向け、

その部屋を出ていく。


「日本、か……」


部屋を出て廊下を少し歩き、

感慨深そうに彼は言う。

手に持った封筒を見つめて、

その表情を暗くする。

元の顔色が良くない彼のその横顔は、

死が近い病人のようだった。


「あなたと二人の任務だなんて、

日本の平和も堕ちたものね。

それほどの危険があるのかしら。

……あぁ、確か、あなたには日本に――」


悪戯っぽく言う彼女の言葉を、

彼はナイフで遮った。

彼女の首にナイフの腹を当て、

濁っている瞳で睨みつける。

少しでも動いたら

殺しそうな物凄い剣幕。

しかし、今まで彼のこの表情に

命を救われたことがあるというのも、

彼女の中では紛れもない事実である。

二人の歩みが止まり、

しばし無言の時間が過ぎた。

彼の言いたいことは、

彼女には分かっている。

だから、彼女は両手を挙げた。


「はいはい、分かったわよ。

これ以上は黙っておいてあげる。

でも、私の首を狙うなんて、

あなたにしては取り乱し過ぎね」


彼女がクスっと笑い、

彼はナイフを下ろした。

スパイチーム【POISON】では、

このような武器のやり取りは

日常的に行われている。

これが彼らなりの距離の取り方であり、

一種のコミユニケーションなのだ。

お互いを信頼し、

理解しているからこそ、

武器を押し付けても動揺せず、

敵に銃を向けられても

冷静に対処できる精神を構築できた。

特に彼はチームの中でも

トップクラスで優秀で冷静なスパイだ。

滅多なことで敵意を見せず、

仲間に武器を向けるなど、

かなり珍しいことであった。

そして、彼女は彼がどんな話題で

今のように感情を表すのか、

当然、理解していたのだ。


「…わざとだろ?」


彼女が彼のことを理解した上で

彼を怒らせたということも、

彼はきちんと理解している。

だから、すぐに冷静になれる。

もし今のが敵国のスパイ相手なら、

彼は何の迷いもなく

そいつの頸動脈を切っていた。


「さぁ?どうでしょうね。

それより、早く戻って出国の

準備をしなくちゃね」


何でもないことのように、

彼女は止まっていた足を動かす。

彼も彼女の後ろを追いかけ、

任務遂行のための話をする。




手元の資料を見ながら、

ヒゲの男はワインを飲む。


「彼らで大丈夫なのでしょうか?」


その男に、隣りの秘書が尋ねる。

スパイの秘書であるなら

あまり任務のことは口にしないが、

今回の件に対して

ボスが渋い顔をしているのを見て、

聞かずにはいられなかった。


「内容が内容だけに、

心配な部分はあるのも事実だ。

本当なら【獣】を送りたいところだが、

この任務には16〜18歳という制限があるし、

手の空いているメンバーが

あの二人しかいなかった。

『蛇』と『蜘蛛』は優秀で、

お互いの相性もいいんだが、

本当ならもう一人くらい

任務に加えてやりたいほどだ」


一流のスパイ達を束ねている男が

ここまでの不安を口にするのは、

今の秘書が就いてからは初めてのことだ。

だから、秘書の顔が心配そうになるのも、

無理のないことである。


「心配だが、彼らを行かせたのは

私が彼らを信用しているからだ。

そうでなければ、

たとえ政府からの仕事でも

私は断っていたさ」


不安そうにする秘書を

安心させるように、

男は優しい笑みを浮かべる。

男は手の資料を秘書に渡し、

秘書はそれを受け取る。

壁際の収納用の5段ボックス、

その1番下を引くと、

中には水のような液体が入っていた。

そこに資料を投入すると、

資料は形なく崩れていき、

やがてドロドロになる。

それを網で綺麗に掬い、

ゴミ袋に回収。

これで、ここにいる人間が

『蛇』と『蜘蛛』の向かった任務と

関わったという証拠を消したのだ。

痕跡を処理する、というのも、

秘書の大切な仕事である。

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