第19話
未だ、設計班の活気冷めやらぬ酒場。壱馬は、テーブルの上に並んだ道具を確認していた。テーブルに刻み込まれたフェイの設計図には、この世界の人間による様々なアイディアが直に書き込まれている。
注射器。メス。チューブ。様々な医療機器が壱馬の前に並んでいる。
どれもこれも、壱馬の注文と説明に作られた、オーダーメイドである。革に水晶、見たことのない物質と、どれも壱馬の知る物とは若干違うが、最低限使用には耐えられそうである。概念を知れば、未知の道具もこうして作って見せる。無境の村の技術力と適応力は、大したものだ。
「準備できたよ。あんたの言う通り、あっついお湯につけといた!」
「ありがとう」
仕立て屋の老婆から、白衣一式を受け取る壱馬。消毒の概念は回復魔法で乗り切る気でいるが、それでもできるだけの清潔さは保っておきたい。
見張り台からヴィルマが戻ってきたのは、そんな時であった。
壱馬の様子を見て、ヴィルマは時が来たことを悟る。
「いよいよか」
「いや。まだだ」
じっと何かを待っている壱馬。待ち人は、すぐにやって来た。
「待たせたの! なにせ、いろいろ気ぃ使っちまった!」
ドワーフの長を先頭に、大小様々な荷物を運び入れてくる、ドワーフの職人たち。布や皮で厳重に包まれた荷物は形からして様々であり、中には人が入っているとしか思えない形をした荷物もある。現在進行系でびくんびくん動いており、職人が三人がかりで抑えている。
そんな謎の荷物の到着を察したのか、ちょうどいいタイミングでエルフの女王が治療班から抜けてきた。
「戻りましたか」
「おうよ! 遅くなってすまんな! なにせ、いろいろ気ぃ使っちまった!」
「それは仕方のないことです。ところで、予定より荷物が多いようですが」
「なあに、こっちも腹くくったのよ! さあお前ら、お披露目の時だ!」
ニヤリと笑う、ドワーフの長。そんな長の命令を聞き、職人たちは荷物の梱包を解く。
酒場を包んだのは、感嘆であった。
「一つ目巨人の目! 女王が持っているとは聞いていたが……」
「こんなイキイキとした、嵐鷹の剥製見たことない!」
「こ、この剣、プラチナ鋼だ! いくらなのか検討もつかないぜ!」
「そこのアホ! 今すぐ、懐にしまったナイフを戻せ! あーもう、こんな鋭いもんをそんな雑にパクるから。しょっぴかれる前に、胸の怪我治してもらえ」
誰も彼も知識や技術を持つ人間だけあって、相応の目利きである。
どれもこれも、この世界における魔術アイテムや武器防具の逸品だった。一つ一つに、大店数店分の価値があり、全部集めれば、国の一つも買えてしまう。ここに並んでいるのは、そんなラインナップだ。
ヴィルマが驚いた様子で、女王にたずねる。
「じょ、女王様! これは、あなたの大事なコレクションでは!?」
「ええ。そうです。剣やナイフ、武器類は違いますが」
「あー、そっちはワシのじゃ」
「長!? い、いや、分野は違えども、女王に負けない蒐集品ですが……こんなに集めてたんですか!」
「ワシの場合、武器を集めてることはあんま人に言ってなかったからのう。飾ったりなんかもせず、全部戸棚にぶちこんでたし」
「物を集めて、技術の参考にしたところで興味がなくなるのは、あなたの悪い癖です。もっとちゃんと飾ったりすればいいのに」
「お主と違って、ワシそこまで責任果たす気はないのよ」
ドワーフの長もまた、エルフの女王に負けぬコレクターだった。もっとも、この性格と執着の無さのせいで、近しい人以外は誰も知らなかったが。
なぜ、女王と長は、この場に自慢のコレクションを運んできたのか。
答えは、このコレクションを別の視点から見ている唯一の男にあった。
「使える……!」
コレクションを見た壱馬は、こう結論付けた。
「使える? 何に?」
「このサイクロップスの目の角膜をバラして、この剥製の翼の筋繊維をいただいて、剣を一旦剥がしてコーティングに使って、ナイフをメスの代わりにして。要するにこいつらは、フェイを立派な改造人間にするための部品ってことだ」
貴重品や芸術品ではなく、部品。壱馬は女王と長の目を見張るコレクションを、ただ機能面だけで評価していた。あまりのストレートさに、コレクションの価値がわかる人間の何人かは、僅かな敵意を放っていた。
「道具は使うものですからね。お役に立てて何よりです」
「むしろ、こいつらをどう使うのか、見せてもらいたいわい!」
エルフの女王とドワーフの長。持ち主にこうも言い切られてしまっては、仕方あるまい。僅かな敵意は、あっさり吹き飛んだ。
壱馬は自分の頬を叩くと、一息で叫んだ。
「これから施術にかかる! 設計班と治療班の指定されたメンバー以外は外へ! 持ち込んだアイテムは全部置いていくこと! 今は使わなくとも、場合によって使わせてもらう!」
壱馬の指示を聞き、酒場に居た人間は各々散らばっていく。
ドワーフの長が壱馬にたずねる。
「まだ設計も案も練っておらんが、このまま始める気か?」
「なにしろ、時間がない。こうなったら、臨機応変で行くしかないだろ」
「おおう、鉄火場。完璧完全で仕事ができりゃあ、苦労はないわな」
「だが、有能な人材がいれば、完全でなくとも、完璧には近づける。付き合ってもらうぞ」
壱馬は、用意してあった術衣をドワーフの長とエルフの女王に渡す。ドワーフの長は、ぐっと力こぶを作り、力強く答えた。
「やらいでか! 異なる世界、異なる生き方をしてきた人間に有能と言われること、職人冥利に尽きるわい!」
「その意気だ」
ガハハと笑う長と、ふっとニヒルに笑う壱馬。そんな二人の笑みを見て、しばらく話さなかったエルフの女王が口を開いた。
「あの、貴方たち、ノリと勢いで、わたしを施術に巻き込もうとしてません?」
ピタリと止まる、壱馬と長の動き。壱馬はふうとため息を付き、天を仰ぐ。
「バレたか……」
「いくらなんだって、それではバレるでしょう。なんで勢い任せに行こうとするんですか」
「俺の経験則と、長のアドバイス。異なる二つの世界の意見を合わせた結果、意外と行けるんじゃないかと思ったんだが」
「いや、全然行けてませんよ? というか、こちらの長はともかく、なんであなたまで力で押し通ろうとしているんですか?」
「いろいろ言い出し難いのと、長と話しているうちに勢い重視の作業員時代のメンタルになってきて、つい」
「そんな雑なことをしなくても、普通に言ってくれれば付き合いますから。コレクションを出す以上、ちゃんと使って欲しい。使い方を最も知っているのは、持ち主である私でしょうし」
よっしゃ、結果的に上手く巻き込めたと、壱馬の後ろで小さくガッツポーズをしているドワーフの長と、見てないふりをしているエルフの女王。男の雑さが、女の優しさでフォローされている構図である。
「それに」
ちらりと、長や壱馬から目線を移す女王。
「私ですら、正直持つのに困っていたアレを、どう使うのか気になりますし」
女王の目線は、唯一梱包が解かれていない荷物、未だに中で動いている、人型の荷物に向けられていた。壱馬は女王にたずねる。
「アレは、そんなに厄介な代物だったのか」
「はい。何度かまともにしまうことができるようにいろいろ試したのですが、どれも効果がなく。価値はさておき、一番出したくなかったコレクションです」
「そうか。アンタにそう言わせるぐらいなら、逆に朗報かもしれないな」
「何故?」
「思いもよらぬ良い結果を出すには、多少の危うさが要る。俺に、改造手術のなんたるかを教えた人間の言葉だ」
壱馬はそう言うと、フェイの眠る部屋へと向かう。女王も渡された手術衣をまとうと、他のスタッフに選ばれたメンバーと共に壱馬についていく。フェイが眠る部屋こそ、急ごしらえの手術室である。
遅れたドワーフの長は、たどたどしく手術衣を着ると、ぽつりと呟く。
「それは職人の言葉ではなく、芸術家の言葉じゃろ」
確実な成果よりも、博打による大成功を好む。自分とは相容れぬが、わからない感覚ではない。そして今必要とされているのは、堅実さと挑戦だ。
ならば自分は、堅実さを担おう。ドワーフの長は覚悟を決め、まず一歩を踏み出した。
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