第18話

 酒場にておこなわれている、フェイの改造手術という難題。その酒場の周りでも、多くの人が別の難題に挑んでいた。


「まだ瓦礫の下に物が埋まってるぞ!」


「あそこの空き地を墓地にするしかあるまい。コボルトも兵士たちも、埋めてやるか……」


 時が経ち、落ち着いたものの、商業地区は襲撃を受けたのである。当然まだ、すべての傷を癒やすにはいたらなかった。

 エルフの女王とドワーフの長が改造手術に挑んでいる今、外の責任者は自警団長のヴィルマであった。


「当面の治療はすべて終わったようです」


「回復魔法が使える人間で余力があるものは酒場へ。まだ怪我人が見つかるかもしれないから、最低限の人数は残しておくように」


「それと、亡くなってしまった方なのですが」


「いくつかの無事な倉庫を保管所にしておいたから、そちらへ。いいか、フェイだけを優遇しているだなんて、決して思わせるな! アレは非常識の域、常識はこちらで全部引き受ける覚悟でいくぞ!」


 直属の部下だけでなく、様々な人間が質問してくるが、ヴィルマはてきぱきと答えていく。もともと、人を使うより自分が動きたいタイプではあるが、今日だけは立派なリーダーとして振る舞わなければいけないと、ヴィルマは必死であった。

 なにせ、酒場ではフェイが改造手術を受けている。本来の責任者であるエルフの女王やドワーフの長に心置きなく働いてもらうには、責任者としての仕事を誰かが引き受けなければならない。その役を担うことを申し出たのはヴィルマであった。

 ヴィルマの死霊魔術は、今の局面では必要ない。ならば、改造手術に参加するよりも、こうして外できっちり働くことで、手術の援護射撃をすべきだ。フェイの手術で救出作業がおろそかになっている。そんな疑念を抱かせないくらいに、きっちりこなしてみせる。

 ヴィルマの働きもまた、フェイへの献身だった。

 そんなヴィルマの目に入ってきたのは、ぞろぞろとこちらへやって来る自警団員たちだった。先頭の団員が、ヴィルマに話しかけてくる。


「団長、実は」


「お前たちは見張り台の担当じゃなかったか? また、ドーゼン王国の連中がやって来るとも限らないんだ」


「はい、わかってます。ですが、ガラハ殿が、見張り役は自分に任せてほしいと」


「ガラハ殿が?」


 ガラハはフェイの近く、このあたりに居ると思ったが、まさか町外れの見張り台にいるとは。どうも姿を見ないと思っていたが、それにしてもだ。


「お前たちは街の見回りを、何かあったら、適時判断をしてくれ」


 戻ってきた自警団員にそう言うと、ヴィルマは見張り台に向かって走る。

 商業地区の端にある、見張り台。石造りの高い塔は、旅人の目印となり、辺りを一望できるだけの高さを持っている。先の襲撃の時はあまりに急すぎて、見張りからの連絡が間に合わなかったのだが。

 塔内部の螺旋状の階段の先、だだっ広い塔の最上階にて、ガラハが一人椅子に腰掛けていた。愛用のミドルソードを支えにし、じっと遠くを見ている。

 ガラハ殿。ヴィルマの喉から、出かけた問いかけが止まる。

 先程の壱馬や火葬法師が放つ殺気が嵐ならば、今、ガラハが放っている殺気は冷気である。怪物が放つ殺意の奔流と比べれば迫力で劣るが、どちらが恐ろしいかと聞かれれば――


「ああ。来たのか」


 ヴィルマの存在に気づいた途端、ガラハはいつもの穏やかさを取り戻した。


「見張り役を請け負ったと聞きましたが、フェイの元にいなくていいのですか?」


「私にはイチマのような異世界の知識も、長や女王のような役立つ技術もない。私があそこにいても、何も出来ないし、気を使わせるだけだ。なら、できることをしたい」


 フェイとの間にある感情が紛れもない親子愛である以上、本当ならば危機を迎えているフェイの元に寄り添いたいはずだ。そんな気持ちを、必死に抑え込み、邪魔にならないようここにいる。

 立派な話ではあるが、ここにいる理由がそれだけとは思えない。

 何も言わず、立ち去らないヴィルマの様子を見て察したのだろう。ガラハは自ら話す。


「先程、村を襲ってきたのは、ドーゼン王国の軍勢だった。この村で、ドーゼン王国との交渉役を担っていたのは、私だ。彼らがそんなことを企み、実行に移すまで、まったく察することができなかった。それだけで、万死に値する」


 地図において、無境の村はドーゼン王国の領内にあるが、その実、自治が成されている独立勢力のようなものだ。無境の村の存在はほぼ黙認されている形になっているが、それでも最低限の繋がりや交渉は必要である。その役を担っていたのは、他ならぬガラハであった。


「貴方を責める人なんていませんよ。それにだいたい、あの連中はコボルトと一緒に攻め込むくらい、おかしくなっていたんです。狂人の動きを読み切れなんて、無茶です」


「そうだな。無茶だな。だが、そうなると、それはそれで私は……死にたくなるのさ」


 万死に値する。

 死にたくなる。

 ガラハのこれらの言葉には、本当に実行しかねない重さと真実味があった。

 ヴィルマは思わず問いかける。


「なぜ、そこまで」


「お前は知らないと思うが……というか、この村で知っているのは、長や女王くらいなんだが。実は私は、ドーゼン王国の出身で、かつては騎士の一人として親衛隊長を務めてたのだよ」


「初耳です。てっきり、元冒険者とばかり」


「冒険者になったのは、親衛隊長を辞めた後だ。都合で親衛隊長を辞めることを選び、国からも旅立ち、冒険者となり異世界人とパーティーを組んで」


「フェイと出会った?」


「そうだ。フェイを育てると決めた私は、冒険者を辞め、生まれ故郷に帰ってきた。だが、結局、国に戻る気になれず、昔から付き合いのあったエルフの女王に頼み込んで、境目の森に置かせてもらったのだ」


 ヴィルマもガラハとは師弟関係と言ってもいいくらい、長く深い付き合いであったが、その来歴は知らなかった。てっきりヒューマンだから、ヒューマンの国であるドーゼン王国との交渉役を担っているぐらいにしか思っていなかった。


「だからこそ、あの有様を目の当たりにして、死にたくなる。元々の母国であり、時代は違えども同じ騎士であり兵士であった者たちが、魔物と一緒に乱暴狼藉を働く。どうやら老いたと言えども、そんな光景を許容するほどに達観してはいなかったようだ」


 ガラハはこれが結論とばかりに、ミドルソードで床をカン! と叩いた。


「だからこそ、一人で考えたいからここにいる。いろいろと、思うところもあってな」


「……わかりました。何かあったら、すぐに連絡してください」


「いくら、考えたいと言っても、見張り役の任はちゃんと果たすよ」


 ヴィルマは一礼して、階段を降りる。

 実のところ、フェイだけでなく、ガラハも心配であった。果たして、心穏でいられるものか。ヒューマンなら十分老境と呼べる、白髪頭なのだ。だが、心乱れてはいても、それを自覚している冷静さがある。あれならば、大丈夫だろう。

 この騒がしい状況において、久々に感じる安堵であった。


                  ◇


 ヴィルマが階段を降りたのを確認した後、ガラハは呟いた。


「すまんな」


 ガラハは椅子から立ち上がると、杖代わりのミドルソードを上段に構える。

 一振り、二振り。何度も振り下ろされる剣。やがて、汗が飛び散り、疲れも出てくる。だが、その素振りに、淀みが混ざることはない。どこまでいっても、勢いが衰えることもなかった。

 ガラハの視線は、ずっと一箇所を見ている。

 目線は塔の外へ。そしてその方角にあるのは、ドーゼン王国の首都であった。

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